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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

プロレスのサイコロジー、TAJIRI発言について

というわけで、TAJIRIがNOAHの選手を批判して話題になっています。
(※いやいや、別にNOAHの話なわけではない。むしろ多くの関係者も、誰のことか分からないそうだ)

kamipro冬季特集号67P

TAJIRI  いやね、ちょっと前、プロレスマスコミから高評価を与えられてる某団体の某選手の試合を初めて観たんですけどね。もう完全に引いた! なんじゃこれ!?って。もう試合構築の基本の「き」の字も知らないんですよ。


−−ちなみにその選手って…


TAJIRI  ○○○○の○○選手です。

−−ああ、確かにプロレスマスコミやファンからは高評価な選手ですねえ・・・


TAJIRI とにかくヒドイんですよ。相手をトップロープに乗っけて登って何をするのかと思ったら、失敗して二人とも真っ逆さまに落ちちゃって。
(略)
そのあと、普通に起き上がってラリアットをやって勝っちゃう。もう意味がわかんない。サイコロジーゼロだし、ストーリーはないし。それなりに体力あって技のあたりも強いんだけど、あんな試合をKUSHIDAやチエがやったら、安生さんが怒り狂ってもう大変ですよ。!!(略)最悪ですね!!

そしてその「諸悪の源流」は90年代新日ジュニアにあるという。
正確にいうと当時は基本も備えて素晴らしかったし、それを米国に持ち込んだクリス・ベノワアメリカンプロレスも分かっていたから米国ではその遺産を健全に発展させたが、日本では奇形化した、というのだ。


この是非や真偽は置くとして、その後のTAJIRIインタビューで印象的なのは「相手が足を痛めたら足を攻めるのがサイコロジー。それをしないでいきなりラリアットなんてのはサイコロジーゼロだ。それならまだ格闘技のほうがシンプルだ」

これ、オールドレスラーたるジャイアント馬場がよく、解説席で「XX(肩とか足とか)を攻めてたんだから、そこを攻め続けるべきなのに、攻める場所を変えているのがよく分かりませんね」とよく苦言を呈していたのと通じるなあ、と思い出したわけですよ。


一点集中でひたすら攻めるっていうのは、なんかシュートじみているような、お客さんが退屈するような試合じゃないかな?と当時は思っていたんだけど、たぶん要は
「A選手(たぶんベビー)が足を痛めた」→「(ヒールが)そこを集中的に攻める!」→「ピンチ!」というのは、会場で何の予備知識やこれまでの流れが分からない人が見ても、納得し得る分かりやすいストーリーなので、50年代の全米を恐怖のどん底に叩き込んだ東洋の悪魔ババ・ザ・ジャイアント(と、ついつい表記してしまいます)の身に染み付いていたんだろう。



何度か繰り返した議論ですが、ここで昭和プロレスを牽引した梶原一騎の読み物、漫画について申すのですが、梶原作品ってとにかく理屈をかなり重んじていて、闘いの勝敗、展開になにかしらの「説明」をつけないと収まらない、という部分がある。これは忍法に、逆にそっちのほうが難しいだろ、とツッコミを受けそうなものであっても無理やりに自己催眠とか特異体質とか科学的説明をつけたがる白土三平山田風太郎の影響なんかも本当は漫画史的には考えなきゃいかんのでしょうけど、それは他に任せる。


要はプロレスも、なんか「説明」がつく展開をやらなきゃいかん、ということなんだろうな。
このインタビューの中でTAJIRIが絶賛していたのはハッスル大晦日島田二等兵vs海川ひとみだった。
たぶんあれは「島田二等兵は下心で一杯なので、プロレスにかこつけてセクハラしようとする」「それでピンチになりながらもいろいろあって逆転」みたいな部分でよく分かりやすい、ということなんでしょうな。



ただそこでだ。
実際に見ていた一人のプロレスファンとして、ハードヒッティングと、これまでにはありえなかったような大技を返して返して次に大技をやり返す、すなわち90年代の新日ジュニア、およびそれに並行する形で一歩も引かなかった「全日本鶴龍・超世代・四天王プロレス」こそが、昭和のオールドストーリープロレスやハッスルエンタメプロレスと比べても、ぶっちゃけ小生にとっては一番面白かったのだ。
そもそもジャイアント馬場も解説席で「試合が高度すぎて解説できない・・・」と言ったり、涙ぐんだりしたほどだ。(これを皮肉や嘆きと見るなら別だが)。



あとはハード・ヒッティングの話で、よく言うところではカルガリーの流れを汲む人々はWWFでもバンバンかち食らわせていって「お前もガンガンこいや!受けたるぜ!!」という勢いだったというし、クレイジーバンプカクタス・ジャックだって上にのぼっていったよね。
WWEの中でカルガリー的ハード・ヒッティングってどう扱われていたのか、そのへんの証言を知りたいものだ。


まあ、このイベントで、歴史を通じて見ることで
そういう部分も分かるのかもしれない。

http://blog.livedoor.jp/hardcore_heaven/archives/51395538.html


それに数年前まで、いや今もインタビューのたびに「ガハハハ!」と読者、編集部共に大人気の「昭和新日話」って、要はプロレスの中でもいかにがんがん当たっていったか、アングルやギミックも適当で緩かったか、その日の気分で、ガチ方向に試合が流れることもあり、それが許される風潮があったか・・・ということで、これはハッスルと正反対・・・なのか???ここが重要なポイントなんだろう。
それと基本重視、全興行を意識した試合の分業が並存していたともいえるしね。



TAJIRIの後の安生洋二の話も、上の解につながる補助線となるようだ。
Uインターといえば「ガチに通じる練習をしていた」「肉体的にはハード極まりなかった」「技は思いっきり当てていた」「ちゃんと本物の格闘技術を学んだ上で試合にそれを見せていた」を売り物、伝説にしていた。
この基準を当てはめていたら、海川ひとみやカイヤ、RGなんかはどもならん、の話になるはずなんだけれども「サイコロジーのないU系の試合なんてすごくつまらない筈だ」と言われるとなぁ。
それにU系がお馴染みだった「プロレス経験のない元アマもいきなり使ってもらえる」つうのはどうだったんだろう。ハシミコフやヴォルク・ハンのような飛びぬけた天才児のみが登場したのか?あ、逆に言えばそういう奴を相手に試合を成立させるために、U戦士は逆に倍以上のサイコロジーが要求されたのか?
実際にそれを牽引したのは宮戸優光なんだろうけど、彼はたぶん墓場までその話は持っていくだろうし(笑)。