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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

ゴールデンウィーク お子様のために

関東王の還暦を寿ぐため、小田原にて謁見す。

この前、青春18きっぷの期限ギリギリだから今月の9日か10日か。

わたしは小田原に行ってきました。
ここでは、何度か小田原について書こうとしたら未遂におわっている。

横浜も、東京に負けず劣らず名所旧跡、観光場所、食事の名店があり、この8/20に会わせるのも悪くない。東京とは実は京浜東北線で乗り換えなし、けっこう簡単に往復が出来ることも大きい。18きっぷを使っているならなおさらだ。

(時間に余裕があるなら、この路線で小田原へ足を伸ばすこともお勧めしたい。豊臣秀吉が天下統一の最終決戦場とした小田原城の闘いから、今年は415年目なのだ(って微妙な端数だな。)が、今は公園としてそのまま残る。なぜかお城にぽつりと、ぞうがいて哀愁と温かみをかんじさせる。)

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20050723


この、小田原に再びいってきたのですよ。桜も目当てといえば目当てだったのですが、半分ぐらいしか残っていなかったですね。でも美しいものです。


もともと小田原城は、大阪城が建造される前は「コンスタンティノープル以東最大の要塞」でありました(本当か?)
日本は対遊牧民族の歴史が無かったためか、そもそも要塞の歴史が浅いというか独自の歩みを見せ、都市全体をぐるりと囲むような形がなかなか発達しなかった(あっ、映画「墨攻」見逃した!!)。
ところが小田原は、早いうちからそういう部分もあったみたいですね。そう地元の掲示板に書いてました。

そして、特筆すべきは不識庵上杉謙信、武田大膳太夫信濃守源朝臣晴信生得徳栄軒戒法性院機山信玄大僧正という天下の二大名将を相手に回しての要塞防衛戦争に勝利したこと。
最後にはサルに屈したのだが、さすがにあれは反則だ。bodog以上にカネにものを言わせすぎ(笑)。だからノーカウントね。それほど難攻不落の大要塞。デススター。

つうわけで、江戸城にもちょっと反則気味の入居者が居られるからあれもノーカウントとして(笑)、要は「関東王」のお住まいたもう場所として一番ふさわしいのが小田原である、ということです。


さて、小田原に住む関東王とはだれぞや。
佐藤ルミナか。
はたまた夢枕獏か。




その答えは右上の写真。ウメコさんです。それじゃ女王だ、という意見もとりあえずノーカウント.

このウメコ陛下、今年で来日57年目。つまり朝鮮戦争勃発のときに来日された由。この年、第一作のゴジラも公開された。
そして、そのときのご年齢が三歳(推定)であった。つまり今年が還暦というわけ。


動物の中の王たるぞうが、ゆっくりと狭いスペースをのしあるく。背景には京都・西日本政権から屹立し、その後の徳川江戸幕府にバトンをつないだ関東の在りし日の栄華を誇る小田原の城。
王は私がいたとき、まだ舞い散っている桜の花びらを水溜りの水と一緒に大量に吸い込み、同じく謁見をしていたお子様に向かって噴き出した。親子はびっくりしながらも大喜び。(この場面を撮影できる腕が無かったことを悔やむ)。まるで、お言葉を賜るかのようでありました。

満開の時には、ウメ子のこんな光景も見られる
http://www.hideys.net/ashigara/archives/2006/04/post_145.html


ゾウは、動物園で繁殖させることは非常に困難であるという(イブニングの動物園漫画で知った)。ウメコも、一人。
ただ一人のみで、半世紀以上もの間、子供たちを楽しませてきた。



これは浅羽通明氏が引用していたのだが 『君たちはどう生きるか』(吉田源三郎)に、こんな話があるという。

http://www2.odn.ne.jp/k-horimaru/tusin04/040224.htm

君はナポレオンについて、こういう話のあるのを知っているかしら──
 
 ウォーターローで敗れたナポレオンは、もうヨーロッパには身を置くところがなかった。彼はロシュフォールの港からアメリカに渡ろうと企てたが、その時すでに、この港はイギリスに占領されていて、彼はついに捕われの身となってしまった。イギリスの海軍は、とりあえず彼を、イギリス本国へつれていつた。
 
ナポレオンの乗っているベルロフォーンという汽船がチームズ河口に碇泊していた間、波止場は毎日見物の人でたいへんな混雑だった。なにしろヨーロッパの天地に風雲を巻きおこし、二十年間も無敵の英雄として恐れられていたナポレオンが、とうとう捕虜になってつれて来られたというのだから、イギリス人が驚喜したのも無理はない。
 
殊に、イギリス人にとっては、ナポレオンは最初から最後まで戦いつづけて来た相手で、彼のために苦い失敗をなめさせられたことも、二回や三回のことではなかった。それがついに捕えられ、しかも自分たちの国につれて来られたのだ。せめてナポレオンの乗っている船だけでも見ようと、大勢の見物人は、毎日波止場に群がって来た。
 
 イギリスに着いて以来、ナポレオンはずっと船室にとじこもったまま暮らしていたので、波止場に集まった人々は彼の姿を見たいと思っても見ることが出来なかった。ところが、ある日、ナポレオンは久しぶりで外の空気に触れたくなり、とうとうその姿を甲板にあらわした。
 
 思いがけず、有名なナポレオン帽をかぶった彼の姿を、ベルロフォーン号の甲板の上に認めたとき、数万の見物人は思わず息を呑んだ。今まで騒ぎ立っていた波止場が一時にシーンとしてしまった。そして、その次の瞬間──、コベル君、どんなことが起こったと思う。数万のイギリス人は、誰がいい出すともなく帽子を取って、無言で彼に深い敬意を表して立っていたのだ。
 
 戦いにやぶれ、ヨーロッパのどこにも身の置きどころがなく、いま長年の宿敵の手に捕えられて、その本国につれて来られていながら、ナポレオンは、みじめな意気阻喪した姿をさらしはしなかったのだ。とらわれの身となっても王者の誇りを失わず、自分の招いた運命を、男らしく引き受けてしっかりと立っていたのだ。そして、その気魄が、数万の人々の心を打って、自然と頭を下げさせたのだ。何という強い人格だろう。


アジアからはるばる海を渡り、けっして広くない、コンクリートの中を歩くウメコさんの姿に、自分は自然とこの虜囚のナポレオンの姿を重ね合わせ、イギリスの民草と同様に帽子を脱いでしまうのである。

ウメコ情報 この前のときのコメント欄

kit 『川原泉ですか?>小田原のぞう』

gryphon 『あー、そんなのもあったねえ。私は実物のぞうを見てから、あの作品(フロイド1/2)のことを知った。吉祥寺は井の頭公園にも、老象がいる(こちらは「よつばと!」に登場)。
なぜかああいう小動物園にぽつねんと居るぞうほど、王者の威厳と孤独というものを感じさせるものだ。』

フロイト1/2 (白泉社文庫)

フロイト1/2 (白泉社文庫)


行った時に、ウメコさんのプロフィルを書いた掲示板を撮影したはずなのだがその画像が無いや。
さすがにオフィシャルな故事来歴などはネットでも見つからないので、あったら情報を求む。

google
小田原 ウメコ の検索結果 約 851 件中 1 - 10 件目


小田原城
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%8E%9F%E5%9F%8E


さて、なぜに小田原城が好きかというと、駅から近いこともある。ほんの五分だ。
城から駅に向かうとすると、駅近くになって、右手にすし屋、左手に干物屋がある。
このおすし屋では「地魚にぎり」というのがある。そう小田原は漁場でもあり、毎日新鮮な地魚が出るのだす。
その日その日によりますが、自分はホウボウとエボダイが好きでした。
干物屋にも、カマスとかそこらのスーパーではあまり売ってない干物がたくさん。もちろんかまぼこも。クール宅急便で全国へ送れますよ。

この二つの店に寄るといい。(すし屋は時たま、貸切りのことも。その際は駅地下街にもう一軒、地魚の握りを出すすし屋があります)。


そして、最後にもうひとつ。JR駅で、小田原城に行く方向と別の出口のほうも抜けてみましょう。
そこに、近年製作された、北條早雲の銅像があります。非常に大きなもので、見ておいて損はありません。

ああ、こっちを書く時間ないや。上野公園内の国立科学博物館

とりあえず、この前大幅にリニューアルされましたよ、とだけ言っておく。
(以前は)ダイオウイカあり。

http://ascii.jp/elem/000/000/028/28769/

大型連休は上野の森で、科学の目で日本を再発見、な〜んていかが?

ITをたっぷり取り込んで生まれ変わった“かはく”日本館を一足先にプレビュー!!
文●千葉英寿


桜の名所としても知られる東京・上野の上野恩賜公園に今月17日、“国立科学博物館日本館”がオープンする。それに先だって13日に、リニューアルした日本館を報道陣に公開するとともに、合わせて制定された“シンボルマーク”と“ロゴ”を公開した。また、携帯サイトの開設や電子ペーパーによる待ち時間などの情報提供の実証実験が行なわれることも併せて発表された。


国立科学博物館本館が創立130周年の今年、
“日本館”としてリボーン!!

国立科学博物館の日本館。奥にシロナガスクジラが見える

明治10年(1877年)に“教育博物館”として設置されてから創立130周年を迎え、独立行政法人としても2期2年目を迎えた“国立科学博物館”(通称:かはく)。平成6年(1994年)に着手した旧本館の施設整備を終えて、このたび“日本館”として生まれ変わった旧本館が・・・・・


公式サイト
http://www.kahaku.go.jp/