漫画ついでにもうひとつ。「ハンター×ハンター」は今やすっかり、きちんと毎週見られるとか、ちゃんとした絵が入ってるとかという点では読者の信頼を失っているが、「おもしろい」という一点だけで生き残っているのだから大したものだ。
「まんが道」では一回落としただけで業界から完全に干されるのに(笑)。
しかし、こうぶつ切りではストーリーを読者も覚えてないよね。あと、ひとつひとつのエピソードは完成されているんだけど、それを全体として最終的につなげられるのかな。
ま、それはそれとして、作者の富樫氏も椎名高志と資質はある点で似ていて、過去の名作を蓄積、収集、分解、再構成して己のものとするのに長けているんだと思うんですよね。
で今週号。
なんか怪しげな敵?が、主人公ゴンの前に現れて、何かの作戦で?「オレは敵じゃない、話があるんだ、信じられないだろうが聞いてくれ・・・」とあれこれ説得しようとしたら、ゴンが話もきかずに「わかった、信じる」の一言。
敵?のほうが大いにとまどう、という一幕だ。
漫画、小説など多くの物語に共通するものに「どっちが大物か?」を比べるという流れがある。これは形を変えたバトルものだったりするわけだけど、その大物感の演出に、「普通に考えれば信じちゃ危険な人や組織を、あっさりと信頼する」というパターンがありますね。
その懐の深さに、本当は裏切る気満々だった相手も感服して真の味方に・・・とかね。
「裏切られたら? 困る。ただ君を信じることが作戦の大前提なんだ」とシェーンコップに言った銀英伝のヤン・ウェンリー、
「あなたは罪人ですが、罪びとでない人などおりませんよ」と忍び込んだ泥棒に倉庫番をさせた地蔵さん(ギャラリーフェイク)
命を狙う捨丸をそばに置いた前田慶次・・・・
戦国時代の一応実話としても、北条攻めに遅参した伊達政宗に、豊臣秀吉は自分の刀を預け「いつでも切れる」という状況にさせてその度量に感服せしめた、ということになっているね。新井白石の父親も何十人もいる罪人(元侍)の警備をたった一人で命じられたとき、腰の大小を罪人にあずけ、「どうせ多勢に無勢で勝てぬ、逃げたいなら勝手に俺を切って逃げろ」と言って寝ていたら「俺たちもやせても枯れても武士、丸腰の相手は切れぬ」と脱走を結局あきらめたそうな。
時代は変わっても「漢の典型」を描くと言うのは変わらない部分があるのかもしれぬ。