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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 報道、記録、文化のために

「宮本武蔵は二刀流で実際に闘ってない」「二刀流は特殊で、廃れてしまった」などは誤解である、という連ツイ話(我乱堂@SagamiNoriaki 氏)

小説も執筆、出版して古武道に造形の深い我乱堂@SagamiNoriaki 氏が長年書いていて、今回が初出というわけではないんだが、まとまった文章なので。4月18日の投稿。


この人がドイツに留学するために南下して巌流島に立ち寄った時、宮本武蔵が決闘に遅れて小次郎を焦らして…みたいな話の決闘の記念碑みたいなのを見て、武蔵は卑怯だ!小次郎は哀れだ!となって、帰国後に小次郎を憐れむ詩みたいなのを発表して(続き

それが当時の文壇で話題になり、そこに乗っかったのが直木三十五…直木賞の名前の元のなったこの人が「宮本武蔵非名人説」なんてのを打ち出して…菊池寛は真っ向から反対し、吉川英治も加わり…(続く

菊池寛の随筆を読んだ新聞記者が、オリンピックの邦訳に五輪という言葉を使うのを思いついたとか、吉川英治は直木三十五に対するアンサーとして『宮本武蔵』を書いた…というのはその余録みたいなものだけども(続く

改めてここら周辺のやりとりを見て…肝心の直木三十五の文章などを読んでみると、武蔵は二刀流なんか使ってない、刀は六キロくらいあるもので、そんなのを片手でもって遣えるわけがない、みたいな無茶なことを書いてたりもする(続く


それで、直木三十五に対抗していた吉川英治も、随筆宮本武蔵などを読むと実はあんまり武蔵について解像度は高くない…資料的には直木、吉川この二人が掘り出したのが当時の限界に近かったと思われるけど、どうも当時のここらの小説家、剣術などにはそんなに詳しくなかった節がある…(続く

実をいうと、吉川英治も「武蔵は二刀流ではない」みたいなことを書いている。今から考えれば、博覧強記で有名だった直木三十五の意見を基本的に踏襲しているのではないかと思うが…この二人の対立は、解釈の対立であって、考証としてのものではない(続く

吉川英治の死後に、さらに直木を引っ張り出して武蔵の聖性…というべきか、吉川英治『宮本武蔵』のイメージを既存させることに戦後の作家は腐心していったのは、戦後文壇でしばらく吉川英治がでかいツラしていたからっぽいんだけど、それはさておき(続く

この議論が、戦後の宮本武蔵イメージに大きく影響を与え続けていたのは間違いなく…今の本ではさすがに書かれることは稀だけども、平成の頃までは「吉川英治の宮本武蔵に…」みたいな、とにかく吉川武蔵を前提にした言葉があとがきなどに書かれていたものだった(続く

すでに書いたけども、これらは解釈の争いであり、武蔵についての資料の検証だとかはあんまりされてない…印象がある。そしてその解釈の対象になっているのは、昭和前半までに出揃っていたものばかりで…更に言うのなら学術的なものでもなんでもなく…(続く

それでまあ、前述したけども、小説家が武術にそんなに詳しいわけでもない…剣豪小説を書くために居合していた人とかいたらしいけど、そういう人ばかりでもない。無茶なこと書き散らしている人たちもかなりいて…それで、それらはほとんど訂正されずに生き残ってきた
 
ようやく二刀流の話になるんだけど、直木も吉川も剣術についてはよく知らず、二刀流なんて実戦で遣えるわけではない…という前提の上での解釈バトルしていて、これは繰り返しになるけど、資料の検証ではない。いやまあ、資料の解釈とはいえるけど…面白いことに、後世発展の話もまぜて論じている(続く

真面目に武蔵の二刀流について議論するのなら、武蔵当人の当時の資料は少ないからともかく、武蔵の弟子筋の二刀流は戦前にはまだ結構残っていたはずだし、そっち方面で資料を掘り返せば色々とあったと思われる。けどそんなにしていない(続く

していても…「武蔵は二刀流をしていたのか?」みたいな疑問をもって資料を読むと、どうとでも読めるもので…例えば小倉碑文などにも、武蔵は二刀流を使った戦い方をしていないなんて書き方をする。これは最初に二刀兵法の開祖として顕彰されているんだから、明らかに無理筋の難癖でしかないけど(続く
 
文章の枝葉末節を取り出してあーだこーだいえば、なんかそれらしく読めるもので…実伝されていた二天一流だとか円明流、武蔵の流れを受けた諸流の二刀などについては、ほぼほぼ言及されることはない。あとまあ、五輪書も紛らわしいこと書いてるし(続く
 
あんまり長くなりすぎるのもアレなんでここで切るけど、日本における宮本武蔵評論は、発端からして武蔵に対する怒りがあり、それを踏襲し、反論も当時の資料の解釈で…武蔵は二刀流をしていない、というのは現実の二刀流の話ではないのでした。おしまい。
 
余談としては…戸部新十郎先生なんかは、武蔵は二刀流を使っていた普通に解釈して普通にそのように小説でも書いているけども、戸部先生は中山博道に剣道の指導を受け、郷土資料なんかもぼちぼちと読んでいたので…まあ普通に興味あって調べたらそうなるよね?みたいになる。