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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 報道、記録、文化のために

日本は異世界、中国は仙侠、韓国はダンジョン…がネット投稿小説の『お家芸』になってるらしい(原文は類似多くてうんざり、的な意味も含め「slop」…)



外国人としての私の視点から申し上げますと、 「本当にその通りなのです」と言わざるを得ません。

※決して侮蔑的な意図があるわけではありませんが、このように説明させてください。 海外の市場に流通している出版作品(単行本など)が非常に少ないのが現状です。 アニメ化された作品でもない限り、ほとんど輸入されることはありません。 また、それらの作品のウェブ版を勝手に翻訳することは、著作権侵害にあたります。

    • そのため、翻訳されているウェブ小説の多くは、作者から無償で許可を得たものが中心となっています。そして、日本側の作品の「ほとんど」が異世界ものなのです。 同様に、韓国側はダンジョンもの、中国側は古代へのタイムスリップ(古風転生)ものが多くなっています。 実際、日本の小説サイトまで直接足を運んで読む人が非常に少ないため、このような誤解が広まってしまっているのです。



www.novelupdates.com


novelupdates.com
このウェブサイトは英語表記で、日本・中国・韓国の翻訳小説が集まるプラットフォームになっています。
公認(正規版)と非公認のもの(海賊版)が混在している状態ですが、配信元の国の法律の関係で掲載が可能になっているようです。
タイの状況については、詳細を明かすことで「なろう」や「カクヨム」から国単位でIPブロックを受けてしまうことを危惧しています。そうなれば、健全な読者までアクセスできなくなってしまいますから。


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・・・・という、おもしろい流れを見た。ここで、書き残したことを追加しておきたい。
その前に、これは日中の比較イラストもみつけた。日本は火の玉(の魔法)、あるいは日本刀で戦い、中国は武術か、なんでもありか、みたいな感じかな??


あらためて、追加の話。
既にこの議論は少しだけしたけど、再論すると…


日本は異世界モノ 韓国はダンジョンモノ 中国は仙侠モノ がそれぞれ、粗製乱造(slop)されるとして、
※slopとは……
artnewsjapan.com


それは、どのような意味合いがあるのだろうか?と。もっと問題意識を鋭くすれば、その好まれるジャンルの差は、民族性や国民性、文化や歴史、社会体制etcに連動しているのか?
それとも、単に……全部じゃないけど、大きな部分が「たまたまそこで、ある大ヒット作があって、それに影響を受けたからその国ではそのジャンルが多くなった」ということはないか?


ということです。
日本の漫画界のレジェンド・手塚治虫氏が1989年に死去した時、日本有数の新聞社・朝日新聞は社説でこう書いた。

日本人は、なぜこんなにも漫画が好きなのか。電車のなかで漫画週刊誌を読みふける姿は、外国人の目には異様に映るらしい。

 しかし、さて私たちはなぜ漫画が好きなのか、と思い悩む必要はなさそうなニュースが海外から聞こえてきた。「マンガ日本経済入門」が西独で翻訳され、学生らに人気を呼んでいるという。米国では一足先に評判だ。なぜ、外国の人はこれまで漫画を読まずにいたのだろうか。

 答えの一つは、彼らの国に手塚治虫がいなかったからだ。

これは偉大な漫画家への追悼というだけでなく、一つの文化論として重要な意味を持つかと思う。
いや、文化論というより反・文化論というべきか。その国に根付いた伝統とか、国民性とかを吹っ飛ばして、ひとりの天才が傑作を書いて大人気になったら、当然、ファンが後に続くし、類似作品もビジネスとして送り出されるだろう。


ロボット、忍者、カラテ、グルメ、幼馴染とミステリアスな転校生との三角関係・・・・・・・・異世界やダンジョンや仙侠だって、似たようなものかもしれない。
自分は未読だけど韓国の「俺だけレベルアップな件」という不思議なタイトルのダンジョンものや「神の塔」が世界的人気なことも知ってるし、老師にわんぱくな若者少年が弟子入りして修行する、みたいなのは、中国にそういうコンテンツが古代からあったのも知ってる。
それに影響された、というだけではないか、といえばねえ。


だけど!それがそもそも人気になり、そしてその代表作の1作品だけでなく、たくさん作られて愛されたのはそれぞれの国民性や伝統がバックにあり、それにフィットしたからではないか?と反問されれば、なかなか言い返しにくい。こちらも、「うーむ」と悩んでしまう。だから複雑なんだが。



あと、もうひとつ付け加えるなら、
こういう文化は国ごとに個性がある様でいて、「ひとかたまり」で進んでいく部分があったと思う。

ミステリーがアメリカのエドガー・アラン・ポー、イギリスのコナン・ドイル、フランスのモーリス・ルブランらによって人気を博していったとき、それはその国ごとの個性というより、一塊のサブカルチャーではなかったろうか?

「イカゲーム」がエミー賞を取り、「イクサガミ」が人気であったといってもその前に「バトル・ロワイアル」と「ハンガー・ゲーム」の類似が云々されてても、どこがお国柄的に『デスゲーム』というジャンルを愛好しているか、生み出しているか、ではないかと思う。

どう考えても、それぞれ相互に影響し、国境を超えて、一緒に一塊の『デスゲームというジャンル』を成長させていったのだと思う。元祖はスティーブン・キングだとも言われるしさ(笑)

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そして、この前紹介したばかりの「ブルージャイアント」で、ジャズの本場ニューオリンズでの黒人音楽家が、ジャズをアジア人が演奏することについて述べた感想コマがそのまま使える。

デスゲームものが各国で作られるのは、ジャズの拡散と同様(ブルージャイアント)
文化が発祥の地を離れ拡散、拡大するのは「最高にクレイジーで素敵なこと」(ブルージャイアント)