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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 報道、記録、文化のために

昭和にあった「能力の民主革命」~『あの傲慢な職人たち、あと1、2年でお払い箱ですよ。さっぱりするなぁ…』~「パーティ追放」もこれ??

今読まれているPosfieまとめ

posfie.com


ブクマコメントの議論
[B! AI] 今AIによって起きてることは、擬似的な「能力の民主革命」で、「能力的富裕層」の財産に順強制的に高い税金がかかり、「能力の再分配」が発生してる状態。「富裕層の財産没収して富を再分配して格差是正しろ」の「能力」バージョン。お金じゃなくて能力に対して、超金融課税みたいのが擬似発生してる話


自分はこう書いた。

デジカメが普及した時「現像とプリントを行う技術の民主革命」が起きて街の写真屋さんが潰れた光景は目にした。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4776939218263337281/comment/gryphon

これは平成の御代の話であるけど、自分は更に昔のこういう話を、書物によって疑似体験してたな…と記憶の底から呼び覚まされた。

それはこの本だ。
一編一篇がごく短い、時事コラム集。


もう、この本を手に取る人も、そういう機会もまれだろう。
自分は断裁スキャンをしていた。

この話だけ、ちょっとだけ、紹介させてくれ。何周回ってか、今こそ読まれて、考えてもらうべき文章になっている。

気になること

もう三十年近い昔のことである。出版社に入社したばかりの私は、はじめて、原色版の割付をして、製版屋にもっていった。当時は、編集部も製版屋もすべて"職人"であるから、何も教えてくれない。すべて見よう見まね、得た知識は、いわば"盗んだもの"であり、私はその知識に基づいて割付したわけであった。

ところが、いつまで待っても、またいかに催促しても原色版ができてこない。他のことはずんずん進行しているのに、この原色版だけが遅れており、そのため本にならない、という事態すら招来しかねない状態になった。
私も少々いらいらして、小さなその製版屋に出掛けていった。腐蝕液で至る所が汚れている狭い事務所で来意をつげると、奥から私の版下原稿をもって職人が出てきた。そして、いきなり、その原稿を叩きつけるように机の上に投げ出すと「ジンチャクもブンカイも指定シネーでギャーギャー言ったって版になるかよ。おメエだって、月給もらってんだろ」と言うと、プイと奥へ入ってしまった。


さて、そう言われても私には『ジンチャクとプンカイ』というテクニカル・タームがわからない。そしてやっとそれが『人工着色』と『色分解』の略語であることがわかったのが、数日後であった。当時は、製版カメラによる三原色への分解能力が非常に低く、せいぜい四〇であり、すべて、職人の名人芸にたよっていた。実際、腐蝕の段階に入ってからの、ルーペと腐液と、まるで針の先のような刀とで、銅板面の小さな突起を細くしたり、太くしたり、削りとったりして、原画と近い色に仕上げていく技術は、はじめて見る者には、一種の"神技〟とも思えるほどのものであった。


これが一人前にできるようになるには、十年、十五年という年期が必要だということであった。従って職人は横暴であって、彼らの御機嫌を損ずると絶対に仕事は進まない。そして「職人はな、カネじゃねえ、気分で仕事をするんだ」といった言葉が、当然のことのように言われ、気分を損じたら、何もやってくれなかった。従って、事務所の人は、まるで腫れものにさわるように、彼らの気分を損ねないように気を配っていた。


それから十数年たった。ある日、昔からその事務所にいたKさんが来て言った。「山本さん、あんな苦しみはもう一、二年ですよ、あーあ、あの連中がみんなお払い箱になれば、さっぱりするなあ」と。ドイツで電子分解という技術が開発され、これが日本にも来た。その分解能力は九六%、もう職人芸はいらない、と。


確かにそうなってしまった。そして昔のことはみんな忘れられた。製版所も明るいビルになり、腫れものにさわるような感じはなくなり、一昔前には想像もできなかったほど、明るくなった。しかし、十年、十五年という苦しい年期で身につけたあの人たちの技術は、一瞬にして不要になったわけである。明るくなったのはよいとして、ではあの人たちは、その後、どういう人生を送ったのであろう。いささか気になる昨今である。

山本七平 無所属の時間 製版所の着色職人が、新技術でお払い箱に


・・・・・・・これ、令和のAI発展による「能力の民主革命」の話にもつながるけど、
その一方で平成末期から令和にまでブームとなった「パーティ追放」のなろう小説じゃん!!!!(笑)


山本七平と親しく、対談本も出した山本夏彦は、20世紀のクーデターで放送局が占拠される直前の放送を「百年前に聞いた。千年前に聞いた。」と語ったことがあった。歴史と国が変わっても同じ営みだ、と。

ある朝めざめたら、昨日の友は今日の敵だった。大国は小国を包囲した。
戦車は国境を越えた。宰相官邸は占領された。領袖たちは拉致された。戦車は放送局に迫りつつある。
「これが最後の放送になるでしょう。皆さんさようなら―」
何度私はこの声を聞いたことだろう。十年前に聞いた。百年前に聞いた。千年前に聞いた。

それまで、血と汗の滲む思いで身に着けたワザマエと知識。
それで十分食っていけた、家族も養えたし、自分の中で誇りだった。
それが、大前提の技術に革命が起き、誰でも簡単に、大量にやれるありふれた行為になった。
その人のこれからの生活と、誇りは______。

十年前に、百年前に、千年前にーーーーーー。そしてどこかの誰かでなく「私」にも、それは迫っているのかもしれない。



上の山本七平の体験談だって
突然専門用語を並べてドヤされ、何もわからず立ち尽くすしかない発注者の若造に共感するものもいれば、
確かに言葉遣いこそど真ん中のパワハラだが…しかし発注する側、つまり強者の側にも自分の腕一本、技術ひとつでまったく退かずに、自分の言いたいことを言えるこの職人に共感する人もいるだろう。


そしてエンディングの「ドイツの新技術で、あの人たちは不要になりますよ」
を「ざまあエンド」と考えるか、
悲劇の結末か・・・・・・これまた人次第だな。



ん?そうすると、いまの「パーティ追放」って、だいたい追放された人が正義で、その追放したパーティ側がその後大変に困ってしまって「ざまあ」なエンドが多数なんだろうけど(実は見てない!超偏見とステロタイプで書いてるだけです) 、あんがい「追放したやつは本当に傲慢で迷惑なやつ。追放したパーティは風通しがよくなって和気あいあい、大活躍。追放されたやつが悲惨な末路…」みたいな展開でも人気でるかもしれないね??
(これまた見てないけど、あの分野のバリエーションの多さは想像を超えるから、すでにあるのかもしれないね!!)

てか、なんだよアンソロジーまで出てるのって。


なんか深刻な話から、最後はとんでもない与太話になったが、元のコラムさえ一読していただければ目的は果たした次第です(了)

追記 なるほど、星新一の某作品を連想した人もいました

内容は機微に触れるので、読みたい人はリンク先へ

https://x.com/mash_jp/status/1973976060137255117

その作品も、ここでコミカライズされました