INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「海街diary」映画版で原作から変更された場面、覚えてる範囲で

映画、みてきました。

海街diary #映画 #eiga http://eiga.com/l/JgPLv @eigacomさんから

・次女佳乃がつきあっていた男は、原作ではもう少しいろんなドラマや内面があった。またお金の面でも、佳乃に借金したり、へんな悪友にそのお金を渡したりする理由みたいなのも説明されています。
 
・窓口のシーンは、男がまだ高校生(原作設定はそう)であること、佳乃が外資系金融勤務と見栄をはってたけど、ただの地方信金の職員であることが相互にばれるというのが原作の意味合いでした。
 
・父親が亡くなった時の妻(3人目。3姉妹にもすずとも血の繋がりはない)が「葬式ではあんなに泣いてたのに、入院の世話はしてないはず」というのは、映画ではその推測のみで説明が無いのでただの怠惰や偽善にも思えるのですが、原作では「弱さ≒優しさゆえにパートナーの病気に耐えられないから」という説明(フォロー?)がありました。
 
・三女千佳の勤め先のスポーツ用品店主で恋人でもあるアフロの男性は、原作でも確かに凍傷で足の指を失った登山家ですが、原作では自分からしゃべったりネタにすることはありません。むしろチカが彼を象徴する言葉として「ヒマラヤの鶴」と言ったら、家族全員がハァ?となるぐらい、登山のキャリアや経験は普段は自分からは話さない、という設定です。
  
・戻ってきた母親が突然「この家を売ろう」という理由は、映画では母親が「たいしたことじゃない」と濁してぼかされますが、原作では「たいした理由ではない」ことが明確に分かります(笑)
 
・原作で、すずのサッカーグループにいるお調子者で場を混乱させたり、そのお調子ゆえにストーリー展開を促す「将志」とその一家は、今回の設定ではいなくなりました(笑)
 
・喫茶店の店主は、むしろ故天本英世のイメージだったのだが、リリー・フランキーだった(笑)


納得がいかなかった変更は、アフロ店長が登山家のキャリアを自分からひけらかすようにしてたところぐらいで、ほかは「時間の制約やな」でまぁ納得がいくところでした。ただ、続編が視野に入るなら、お調子者将志がいないと中学生グループの話の展開が回らないんじゃないか、という気はしますな。
あと、普通のセリフと一緒に「内心」を吹き出しとして表現できることによって読者にだけ情報が伝わる、あの漫画の便利な手法、これはドラマの時にはなかなか表現が難しい(ナレーションでやるとか、誰もいない場所で「独り言」にする処置ぐらいか)。そこがカットされていた場面もあったな。おばさんの「犬猫の喧嘩は引き離すに限る」とか。




あと、女優以外の脇役俳優もかなり「大物」を起用できて、さすが世界を狙った大物監督の作品だった。


でも、そんな中でリリー・フランキーはかなり最後のテロップでも、上位の大物扱いなんだよな!!
この人、本格的な俳優修行をした人じゃないんでしょ?
そういう人が名優になる例は枚挙に暇が無いですけど、いま現在、そういう出自の俳優の大物ぶりでは北野武に次ぐ存在ぐらいだろうか。旬の人ではあるな。