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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「ファイプロ」生みの親の早すぎる死。彼から受けた恩は大き過ぎる

NHBニュース( http://blog.livedoor.jp/nhbnews/ )とダブルポストです

格闘ゲームの源流「ファイプロ」生みの親、増田雅人氏が 48 歳で逝去
http://www.inside-games.jp/article/2014/04/04/75744.html

http://gameimpression.doorblog.jp/archives/37382977.html


http://blog.livedoor.jp/ryosijj/archives/52065350.html


引用

かつてヒューマンに在籍し『ファイヤープロレスリング』シリーズの生みの親とも呼ばれる増田雅人氏が、2014年3月29日に逝去していたことが明らかになりました。親族のツイートによれば、4月3日、氏の出身高校がある地元で告別式が執り行われたとのこと。享年48歳。

増田雅人氏は、ゲームデザイナーとして『ファイヤープロレスリング』シリーズだけでなく任天堂ファミコンディスクシステムの名作『プロレス』などの開発にも携わり、ゲーム史にその名を刻みました。

プロレスだけでなく、格闘技に関しても90年代以降はそれをシミュレーションした「ゲーム」の影響は大きいものでした。

その開拓者の早すぎる逝去は残念です。

自分は何度か書いているが、コンピュータゲームに関しては実際に白帯かそこらです。
実際、まだ一回も「ドラクエ」シリーズをやってないのだから、日本では少数派に属しているだろう。だがその中でやった数少ないゲームだからこそ、熱中したゲームは懐かしい。

自分が子ども時代、ファミコンディスクシステムを「借り」て(買えなかった!!機材ごと貸してくれる太っ腹な友達がいた)熱中していたのが「ゼルダの伝説」と「プロレス」だったことよ。
ゼルダは結局、馬の頭をした「四天王の中でも一番の小物」的な中ボスキャラと、鎧に身を包んだ「四天王の中でも二番目の小物」的なやつをやっつけたところで終わってしまった。おかねのある今、再度やってみたいと思うこともあるのだが。


「プロレス」も俺、全キャラクターに勝ったのかなあ?多分途中で挫折した(笑)
お気に入りはキラーカーンを模した「キンコンカーン」ってやつでね。
リアルのプロレスごっこでもお気に入りの技だったベンジュラム・バックブリーカーが好きだったんす。皆さんもプロレスごっこをうるとき、このベンジュラム・バックブリーカーは簡単な割りに見た目が派手なのでおススメだ(誰がやるんだよ)。

あとルーチャのレスラーもけっこう使ったな。

そのときも、「いやすごいなー。コンピューターで人間が『闘う』ことをここまで再現できるんだ。これからどこまでリアルになっていくんだろう?複雑なファイトを、どうやって再現していくんだろう?」という、ヒョーロンカ的な視点はどっかにあった気がする。

この話をするとき、何度も原点回帰的に
持ち出す話を、今回も再度紹介する。

プラレス三四郎
 
この話題のときに、私は何度でも持ち出しているが・・・牛次郎が原作をしている「プラレス三四郎」はビッグ錠の名も持つ原作者らしく、彼の代表作「包丁人味平」と同様に、実に科学的な知識やテクノロジーのリアリティを無視したおおらかなものであったが・・・
そんな作品だが、なぜか今でも覚えているシーンがある。冒頭で敵役だったかな。熱く彼が演説するんだ。
要約すると
「技術が発達すれば、プラモを動かしたくなる!プラモを動かせれば、人間型のロボットを動かしたくなる!人間型ロボットを動かせれば、それ同士を闘わせたくなる!!それが人間なんだ!!」

牛次郎はロボットのテクノロジーの実際なんか全然知らないだろうけど、この「プラレス三四郎」の根本的な世界観を語る説明の部分では、みごとに数十年後の未来を予言していた、というわけだ。

実際のロボット同士の対戦は、21世紀もテン年代半ばになった今は実現した。しかし、それに先駆ける形で、モニターの上で世界を描いて競わせるゲーム世界でそれの実現のためにまい進する人がいた。やはり同じベクトルは働いていたんだろうね。


ま、そんな余談はともかく、その後大学でヒマと、バイトなどでささやかに余裕が出来たら…買えましたよ「ファミコン」を。旧だぞ旧。
このへんは一度「ゲーム」大特集をしたいので話はとっておく。それに旧ファミコンは基本、こういう格闘ゲームをやれるパワーはない(笑)。
スーパーファミコン」を大学の仲間が「たまり場」に設置してくれたので、そこでやったのだよ。非常に何度も。
といっても、自分はゲームの操作技術を進歩させようという意識がまるでないので(笑)、操作が簡単でそこそこ強い選手として藤原嘉明のパチモン(なんてったっけ?)やヴォルク・ハンのパチモンを好んで使っていたな。現実世界で好きなレスラーを操作しようと意識はあんまりなかった。
あ、そうだ、ファイプロの「モデルは明白に分かるでしょ?あいつはあれで、そいつはそれで…だが、あくまでもフィクションのキャラなんで。そこんとこよろしく」的な版権の節約術は、反則にも感じつつ「プロレス流の5カウント以内の反則だなあ」とも舌を巻いた(笑)。その後、権利をちゃんとクリアした実名ゲームもたくさん出てきたが、そうすると団体とレスラーの関係がアレでアレするとそのレスラーがいなくなったりする(笑)。この「モデルがいるけどフィクションです」じゃないと、夢の対決は実現させられないものであると思い知らされたものだった。


さて、そんなゲームの「裏話」「制作秘話」的なものも、隆盛と成熟を迎えつつあったゲーム界、そしてプロレス界には多数登場した。そして紙プロ(小さい判の時代)は「ファミコン・プロレス」という、賛否両論分かれる造語、概念を提唱し、一種の仮想敵国としていたことがある。
そんなときに「ファイプロの中の人」が登場して語ったのが…アツい「前田日明賛歌」と「UWFインター(とくに安生洋二)は許せん!!」という話で、そもそもその史観でファイプロの何番目かのストーリーモードが作られたというね(笑)。
あの人のお名前を思い出せないので別人かもしれないのだが、ひょっとして彼が増田氏だったのだろうか?
だれかご教示ありたい。もしそうなら、ますます惜しい人材だった。

【追記】
インタビューを受けたのは 2014/04/08 12:20
須田剛一さんです。
良くも悪くもキワモノのゲームを作り続けて、海外でも評価されてる方ですよ。
gryphongryphon 2014/04/08 12:30
あー!そんな名前だったかも!!
格闘ゲーム一本のひとじゃないのね。ゲーム作者を以前マガジンは漫画化したが、ああいうのもっとほしいな
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チームとしてのファイプロがとんがっていたということか。


そして、俺のようなへっぽこユーザーがまあにそうだったのだが「同じ技を繰り返して一方的に勝ってしまう」的なしょっぱい試合をゲーム上でユーザーにしてほしくない、というのを、そういうユーザーへのよびかけの場でも、あるいはゲームデザインの工夫でも進めていたのだという。

http://blog.livedoor.jp/ryosijj/archives/52065350.html
ファイプロは前作“プロレス”でできなかったことを反省し、ファンの声を汲み取って製作されたといわれています。
プロレスの醍醐味はタッグマッチじゃないだろうか。コーナーに投げるにはどうしたらいいか。
今のシステムでは連打すれば勝てるゲームになってしまっている点。
増田さんはそれらをアイディアによって乗り越えます。

コーナーだけでなく、縦横無尽のロープワークを可能にしたリング斜め置きの「ファイプロポジション」。
連打だけでは勝つことを防止する「腰を落としてからの技ボタン」
多少の変化はあれど1作目からゲームデザインは衝撃的で、そしてプロレスの醍醐味を見事に落とし込んでおりました。

そうか、リングを斜めに表示するのも、腰をおとしてからのタイミングで技をかける郁美も、そういう工夫だったのか……。
48歳。
ゲーム業界だからさまざまな浮き沈みも体験したのだろうと思うが、まだまだその脳内にはアイデアや夢が詰まっていたはずだ。
大東京トイボックス」の中に、あらたに彼の夢が形になって収められることは無くなった…
だが、闘魂が伝承されるように、「ファイプロ魂」も、どこかの誰かが受け継いでいるに違いない。



ファイプロをもっと熱く、深く語れる人はたくさんいるだろうが、この記事がむしろその「呼び水」になって、皆さんなりの「わたしとファイアープロレスリング」が語られることを期待したい。

追記

呼びかけにこたえて書いてくださった方がいた。(id:doragon-bossさん)

■わたしとファイアープロレスリン
http://d.hatena.ne.jp/dragon-boss/20140408/p1
 
…『G』が一番の特徴は「ファイティングロード」というストーリーモードがある事だった。須田剛一氏がシナリオを書いた『スーパーファイヤープロレスリングSPECIAL』の「チャンピオンロード」は、オリジナルストーリーだったのだが(未プレイだけど)、こちらはオリジナルではなく、いわば歴史大河ドラマであった。

 まず練習生として道場に入門、練習試合でどんな技を使ったか、インタビューでの受け答えにどう答えたかで、どのリングに上がるのかが決まる。ルートは「VIEW JAPAN」(新日)、「OLIVER JAPAN」(全日)、「新生 IW」(FMW)、「UHW」(UWF)、「USA」(WCWWWF)、そして隠しルートの「ジュニア」(みちのく)。それ以降も勝つか負けるか、人気があるかないかといった試合内容や、選択肢でルートは分岐していき、リングを駆け抜けていくのだ。

 つまり、これは「自分が投影されたレスラー」が主役となって、「日本プロレス史」(90年代からだけど)を再現している……