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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

”ケンカ十段”芦原英幸が土下座した相手……「物語の英雄」になる苦悩(「芦原英幸正伝」より)

芦原英幸正伝

芦原英幸正伝

生前、ただ一人だけ取材を許された著者による魂の評伝完成! 著者との10年に及ぶ濃密なる交流と、膨大な関係者の証言により、50歳の若さで逝った伝説の天才空手家の実像がくっきりと浮かび上がる。大山倍達が震え上がった最後の支部長会議、拳銃の刺客返り討ち事件、正道会館によるクーデターの真相他。誰よりも強く、破天荒で、そして優しかった天才の真の姿が、ついに描き出された!

この本が、芦原会館とトラブルになったのだが、そのへんの和解はいろいろあって成立し(同書参照)、今回の発売となった。

芦原英幸伝 我が父、その魂

芦原英幸伝 我が父、その魂


大山倍達正伝」に続く『正伝』、となる。

大山倍達正伝

大山倍達正伝

なぜ「正伝」と名づけるのかといえば、それはこの二人があまりに豪華すぎる”伝説”、あるいはそれをそのまま反転させた”悪名”に彩られ、その極彩色で事実が見通せないからにほかならない。もちろん、正伝たらんというその記録にも、中国の「正史」がそうであるようにゆがみやずれがある。特に書いている人は「唯一尊敬する人は芦原」と公言、深い交流を続けていたとしている。

そんな「正伝」には、伝説化している「サバキ組み手」「裏サバキ」「黒崎健時とのスパー」「ピストルを持った刺客を返り討ち」「手裏剣術」などについて、当事者や芦原本人から話を聞いた、著者が見たという話がたくさん載っている。

人間の首には脊椎と頭をつなぐ頚椎がたしか7カ所ある。その頚椎を極めるのが本来のサバキじゃけん

ワシが邪魔やと言うんなら、館長(※もちろん大山倍達のこと)これだけの支部長がおりますけん、ここで芦原を殺してくださいよ。このデカいガラス窓を蹴破って一人ひとり窓の外に放り投げてやってもいいんですよ。ほらお前ら、黙っちょらんで向かってこいや。何が極真の支部長や、誰一人闘えるもんなどおらんやないけえ。
 
館長、ワシがこの窓蹴破ると言っちょるんです。こんな腰抜け支部長は置いといて、館長が芦原を外に放り出してくださいよ。アンタ『牛殺しの大山』と言われちょるんでしょ。何頭もの牛を殺したんでしょ。熊も退治したって聞いてますけん、ワシみたいなヒヨっ子潰すのなんて簡単やないんですか。破門だ除名だ手回しのいいことせんでも、今ここで決着つけてくださいよ

…なんて言葉に幻想はいやがうえにでも高まるではないか。正伝なのに(笑)。

しかし、自分が一番印象に残り、皆さんに紹介したいと思うのがタイトル通り「芦原英幸が土下座した相手」についての話なのです。

その相手とは?大山倍達中村忠?ジャック・サンダレス?黒崎健時??
ちがう。

芦原がこの筆者・小島氏に「空手バカ一代」に登場したことはマイナスだったと語ると、小島氏は「それもひとつの有名税ですよ。何でもプラスマイナスあります」と応じる。すると、顔色が変わり、語気を強めこういったという。

とんでもないけん。人はそう言うし、たしかにワシはあの漫画で有名になった。けどな、何度も言うけん。あれは本当のワシじゃないんよ。本当のワシやない『あしわら』英幸という別の人間が『あしはら』英幸からどんどんかけ離れていくんよ。最後に死ぬのは偽者の『あしわら』英幸ということになるんよ。
ワシはな、人生ではじめて土下座したんよ。
知っとるか?棟田(利幸)先生に。柔道の世界じゃ知らん者はおらん。四国で一番、西日本でも一番、実力ならば日本でも一番。本物の柔道家です。
(略)
打撃で人を3秒で殺せますか?無理。打撃を極めたワシが言うんだから無理です。しかし投げやったら三秒で人を殺せるんです。棟田先生は柔道の猛者なだけやない。警察逮捕術の達人でもあった。空手じゃワシが先生でも、柔道や逮捕術ではワシは相手にもならん。
立派な先生ですけん。
その棟田先生を、こんなに立派な柔道家が四国におるんよという意味で梶原先生に話した。すごい先生がおるんよ、たったそれだけや。
なのに、梶原先生の漫画を見てワシは腰を抜かした。やたら体のデカいウドの大木で、ワシに簡単にやられる内容や。名前は雲井大悟。
(略)
とんでもない内容になっとる。ワシは悔し泣きしたんよ。そのとき、初めて棟田先生の家を訪ね、土下座して謝ったんよ。実際は棟田先生がワシの手を引き上げて、土下座をさせてくれんかったのが本当じゃけん。けどワシは気持ちで土下座した。
棟田先生は本物の豪傑じゃけん。そんなことは気にせんでいいと笑ってくれました。『あんたが雲井大悟のモデルですか?と聞かれたら、はいそうですと言っちゃるけん、安心してください』とここまで言ってくれた…(70、71P)

このあとも空手バカ一代の「ジプシー空手家」「アメリカ嫌い」などのエピソードについて、あんなのウソだと当事者が語っている(笑)。

まあ、空手バカ一代が脚色だらけなんて今更いうまでもないことだが、「どういうふうに改変されたのか」については聞かないと分からないから面白い。ジプシー空手家も、実は根も葉もないのではなく、ほんのちょっとだけ根はある。その話は、芦原から直接聞いたお弟子さんの末席の人から、自分も直接聞いている(笑)。


ある意味、これだけ断片的な会話や情報から話を作れるというのは、梶原一騎の天才を示すエピソード…なのかもしれないではないか。


しかし。
実際、これはいたたまれないぜ。
自分が紹介した、親しい友人がモデルになって、今度の漫画(小説、ドラマ)に登場すると。当然伝えたりなんなりしてるだろう。対象者もテレながら、やっぱり楽しみでそれを待つ。
ところが登場したのは、自分とは似ても似つかない悪役……

深い信頼関係があるならまた別だよね。
実は藤子不二雄A先生の「まんが道」、アレ悪役こそが先生の地元の大親友、心の友だったのだという衝撃の事実。

http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20060310
満賀道雄や霧野涼子の同級生で、満賀に意地悪を働く武藤四郎のモデルとなったUさんは、実はとってもいい人で、今でも藤子A先生とは親友とのこと。『まんが道』における武藤の性格・行動に関しては、ほかの同級生のイメージも混ぜて描写しているが、顔は完全にUさんをモデルにしているそうだ。また、『笑ゥせぇるすまん』喪黒福造の「ドーン!」は、Uさんが麻雀の最中に行なったポーズがモデルになっているという。

(悪役は新聞社時代の「日上」のほうが有名かもだが、その前の学校時代の悪役ね)


あるいは「はじめの一歩」に出てくるフリートレーナー、バロン栗田(マロン栗田)が、作者のジムの…MMA的には「チーム黒船」でおなじみの…山田武士トレーナー。


あるいは「吼えろペン」の富士鷹ジュビロ

このへんは知り合いだからむちゃくちゃかけるし、それが笑い話となるという信頼関係のなせるわざだと言っていいでしょう。それにしてもやりすぎだ、って人もちらほら見受けられますが(笑)


結果的に雲井大悟こと棟田先生も、その器の大きさで、結果的にはそうなってくれたのだから「結果オーライのカジワラマジック」なのかもしれない。しかし当事者で、しかも「ケンカ十段」のヒーロー役を物語の中で演じさせられた芦原英幸の心中が穏やかならざることも、確かに想像がつくじゃないか。

近代柔道史の光と影。…そして最後の勝者は”物語”なのか?(ゴン格215号)
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20100422/p1

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

このように木村政彦…彼も梶原劇画と因縁あさからぬ人だ。
敗者として描かれるのも、勝者として描かれるのも、ともにタフなものだ、ということだろうか。
そしてそれが梶原一騎だったら、「空手バカ一代」だったらなおさらだ、という話……。

空手バカ一代(1) (講談社漫画文庫)

空手バカ一代(1) (講談社漫画文庫)