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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

天皇は、柔道を学んだか? 実は・・・「裕仁皇太子ヨーロッパ外遊記」

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」などで、注目が再度集まる戦前の柔道史。
ところで、過去には天覧試合でもあった全日本柔道選手権なのだが、では皇室は柔道を学んでいたのだろうか?
「そんなわけねーだろー」と正直思ってたのだが・・・
この前山内昌之氏の書評集を読んでいました。

歴史という名の書物

歴史という名の書物

歴史のなかに、未来が見える―。さあ、思索の森へ。混迷と不安の時代、今こそ必要な知恵と見識を得るために、「読み手」の歴史学者が贈る、読書のすすめ。『毎日新聞』掲載の書評などをまとめる。

自分は書評集が大好き。それ自体が楽しいのだが、やはりあまたの名著から引用された「新事実」「新知識」のエッセンスを、原著を読まずに知ることができるのも楽しみのひとつ。
ここに、
裕仁皇太子ヨーロッパ外遊記」波多野勝
という本が紹介されていました。
今上天皇エリザベス女王戴冠60年で訪英されていますが、父昭和天皇も皇太子時代に英国を含むヨーロッパを回っています。といっても軍艦で、です。
その艦上で・・・

随員たちは、艦内で柔道やトランプの勝負でも決して手加減しなかったらしい。柔道ではもう「御免だよ!」というほと手ひどく投げ飛ばされた。宮中生活では考えられなかったことだ。

・普通の宮中教育では柔道は無かった
・だが訪欧の軍艦内で随員と学んだ。そしてだいぶ投げられた(笑)
らしい。
ただ昭和天皇は晩年までかわらなかった相撲好きを子ども時代、「やる側」としても楽しみ、ずいぶんと相撲はとっていたそうだから、投げた投げられたは経験豊富だったかもしれない。
スクネ流を随員に披露する様な、大人気ないことはしなかったようだ(笑)
ああ、でも行く途中に柔道でずいぶん投げられたとなると、
この歴史ホラ話にもちょっと期せずしてリアリティが増すなぁ(笑)

■「昭和天皇とアルセーヌ・ルパン。−1921年6月21日、パリ地下鉄にて−」
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20090429/p6

ちなみにこの外遊は6カ月の予定だったが、沖縄を出たときに高級士官と皇太子(昭和天皇)の食事会が開かれたそうだ。そしたら皇太子がスープを思い切り音を立てて飲んだ(笑)り、食器をカチャカチャとぶつけて音を立てたそうだ。
随員は大慌て。
まだ昭和天皇の教育時代は女官が多く、日常の洋風マナーを学ぶというような発想がそもそもなかったらしい。外遊自体も皇室(母親の皇后)の反対を押し切って、山県有朋原敬が「外を見せないと」と計画したらしい。
ただ、その後も国民がよく知っている通り、皇太子はきわめて真面目で律儀に義務を果たそうという気質があり、また軍艦内ということで集中もできたのだろう。到着までには洋風マナーなどについては完全にマスターし、周囲をほっとさせたとか。

あれ????すごい偶然!!
全然知らなかったが、来月この本が文庫化されるらしい!!

裕仁皇太子ヨーロッパ外遊記 (草思社文庫)

裕仁皇太子ヨーロッパ外遊記 (草思社文庫)

若き皇太子は第一次大戦の戦禍癒えぬ欧州で何を見たのか。東宮武官長奈良武次の初公開資料をもとに全行程をたどり、外遊が昭和天皇に与えた影響を考察した意欲作。

いまの皇室は、柔道を学んでいるのだろうか。いないだろうな。
学んでいるようなら講道館も、もう少し指導の安全性確保に力を入れていただろうから。