ボクシング中継は以下リンクの通り
UFCはWOWOWで
フェイスブックで前座試合が午前8時50分から。
WOWOWは正午
http://www.wowow.co.jp/sports/ufc/trailer.html
ない人はテキスト実況で
http://d.hatena.ne.jp/lutalivre/
過去の青木真也・北岡悟対談を今日読もう
タチの悪い発想だよな(笑)
http://hidehide7755.blog27.fc2.com/blog-entry-2357.html
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- 発売日: 2008/12/22
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■青木は完全に意識せざるを得ない存在
北岡・・・「あの頃(PRIDE武士道の時)から一緒に練習していて、青木がすごく強いのはわかってた。俺の中で青木が(PRIDE武士道の)試合で勝つのは当たり前という感じだった」
(略)
北岡「いや、最初から強かった。だけど、やっていくうちにさらに強くなっていった。放っておくと、どんどん離されるから、
必死に食らいついていくしかなかった。ずっと稽古をつけてもらったおかげで、俺も上に来られた。もう完全に意識せざるを
えない存在だった。年下だからこそ、よりヤバかった。・・・俺は徐々に強くなってきたけど、青木の場合違う。だから最初は嫉妬どころの騒ぎじゃなかったよ。いつも家に帰ったら、『クソッ』って悔しがっていた。最初の1〜2年くらいはずっとそうだった(苦笑)
ここで年末の風物詩「第九」から。
その調べの美しさはいうまでもないが、歌詞について…土田世紀「編集王」の最終回で、非常に印象的な形で紹介されている。
明示はされていないが、今年その生涯に取材した「創作秘話」も高く評価された…神様・手塚治虫とおぼしき人物が、同作品の重要登場人物・(若き日の)マンボ好塚に語りかける。
けっこうおそろしいというか厳しいというか、つまりあの「第九」最終楽章でうたわれる「歓喜の歌」は、一種の選民思想なのだという。
真に私のものと言える
たった一つのたましいを勝ち得た者は集い
歓喜の歌を歌う資格がある
できなかったものは泣きながら我らの集いから去れ
手塚らしき人物は、これに「同感です」という。実に厳しい話だ。
続けて、こう語る
「たましいは 肉体とも感情とも別の僕らの気付かないところにあって 試練の時のみに反応し、成長するものだと思います。(略)競い合いましょう、魂を」。
(※歌詞の本格的な翻訳は こちらにて )
青木真也と北岡悟の試合が、あるいはヒョードルと石井慧の試合が、バンタム級トーナメントが…どうなるかは分からない。
ただ、それらが「たったひとつのたましいを勝ち得た者」たちの歌であることは既に保証されていると思う。
私たちが、その集いに入れるかどうかは分からないが、文明の発達のおかげで、テレビやリングサイドでその、”歓喜の歌の集い”を眺めることだけはできるようだ。