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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

修斗問題でコミッショナー&創始者が「上からのクーデター」。江川問題にも似て(「たかされ」より)

■【修斗日本修斗協会問題が収束へ!全理事・役員を罷免、理事会は解散
http://gbring.com/sokuho/news/2011_08/0805_shooto.htm
■【修斗日本修斗協会の理事会解散は創始者佐山サトルと浦田コミッショナーが決定
http://gbring.com/sokuho/news/2011_08/0806_shooto.htm

参考。ここで予告していた「本編」がこのエントリです。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110811/p1

まずこの話に関しての率直な感想は「もうちょっとずらして、後でやって欲しかった!俺が参加できねえ」ですよ(笑)。いやこの騒動って自分がブログを書く暇がなく、お休み期間中に勃発してさ…携帯のtwitterで断片的な報道しか目に入らず、とりあえず英語で第一報を入れて世界に広めて(広めるなよ)、それ以上のことはできなくてね…。
このエントリだって、まだ話題がホットなうちに書いたらもう一段、少なくともファンの間でお祭り騒ぎを起こすのには役立ったろうに(笑)


明日は明日さ祭りはこれから 二人で一緒に口笛鳴らそう
ごらん!! パレードが行くよ ごらん!! パレードが行くよ

 
そんなお祭り気分はさておいて、ちょい真面目に考察。

コミッショナーと協会にはそれぞれ権限があり、協会にある権限についてはコミッションはなるべく干渉しない方針でしたが、今回の件はコミッショナーとしてではなく、佐山先生から修斗の全権を委任された浦田昇個人、この2人の決定によってなされたものです。決してコミッションの中で話し合われたものではありません。あくまでもこれは修斗創始者である佐山先生と、その佐山先生から修斗の全てを委任されている浦田昇個人による2人のトップによって決定された絶対的なもの。それを関係者の皆さんは承知して欲しい」(鈴木事務局長)

最初から途中までは「さもあろう」と分かるんだが、これ、結論が間違ってないか。
「今回の件はコミッショナーとしてではなく、佐山先生から修斗の全権を委任された浦田昇個人、この2人の決定によってなされた」
「あくまでもこれは修斗創始者である佐山先生と、その佐山先生から修斗の全てを委任されている浦田昇個人による2人のトップによって決定された」
ものなら、そこからは
「絶対的なもの」どころか「何の正統性も強制力もない個人的感想」であるという結論しか導き出せない(笑)

もしこれに権限があるというなら、修斗規約に最初からこう書き込んでおくべきだった。
「大修斗帝国ハ万世一系ノ虎戦士之ヲ統治ス」

ああ、じゃあ今四代目に権限がいってるじゃん(笑)
そして浦田コミッショナーにはこういう書面が渡っているべきだった。

修斗掣圏道創始者より ―極秘― 

浦田コミッショナーは、私の直接かつ個人的命令に基づき、大修斗帝国にとって極めて重要な任務に服している。彼は私に対してのみ責任を有する。軍、民を問わず、階級にかかわりなく、関係者全員が彼の必要を満たすべく最大限の協力をすることを要求する。 
            アドルフ・佐山

(※ http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20101203/p6のパロディです )

てか、この程度の初歩的・基本的な疑問、本来は記者会見の中で問われるべきだったんじゃ…。

【追記】
id:fullkichi1964 2011/08/14 05:55
まあ修斗問題についてはワタシもミルホンに書いてますがhttp://miruhon.net/index.php?main_page=product_info&products_id=568

宣伝文句については編集部の方が書いてるのでワタシの責ではありませんw

しかし混沌と無秩序は「法と権限」ではなく「声望とカリスマ」によって収拾するしかないのか?

しかし上の議論は一方で”法匪”的主張であることも確実です。
そもそも、人や組織に指示する権限というのは法によって定められるものだけれども、一介の平民つーか普通人でもさ、みんなが「この御方の命令に従います!」と頭を垂れればそれで別に支障ないっちゃない。
訒小平の「南巡講話」じゃないけど。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E5%B7%A1%E8%AC%9B%E8%A9%B1
1990年代、訒小平の名前がまだ新聞・テレビに踊っていたとき、彼に付ける肩書きは「最高実力者」しかなかった(笑)
ま、そんなもんでさ。
佐山・浦田両氏の意思なんて、「御二人には何の権限もございませんので」と恭しく蹴っ飛ばすこともできるし、逆にこれ以上ない権威としてひざまづき「大命下る 軍旗に逆らふな」と恭順することもできる。

どうなるか、は当事者の意思次第でしょう。
ここで、言葉遊び的な部分もあるが「正統性と正当性」という言葉をうろ覚えながら紹介したい。
あーでもうろ覚えでいうのもなんなのでおおやにきこと大屋氏に代講を頼もう。

「せいとうせい」で我々が使うのは「正当性」と「正統性」という語である(略)。似たような話で出てくるので混同しやすいが、我々はこの二つを区別して使っている。どういう意味かというと、「正当性」(justness)は一階の正しさというか、あえて言うと今ここで正しい(just)かどうかを問題にする概念である。
(略)
一方「正統性」(legitimacy)とは、「正当性」に関する判断が正しい根拠に基づいているかを問題にする概念である。井上達夫は「二階の正当性」という言い方をしたことがあると思うが、判断それ自体とは別の次元を問題にする概念なのだ。

ぼくがさらに適当に例を挙げると、
銀仮面ヒルメスは王家の出だから正統性はあるが、異国勢力を引き入れる外患誘致に手を染め国土を戦禍に陥れたから正当性は無い。
アルスラーンは名も無き騎士の子だが、へんな伝説の剣を塚から抜き、解放王とうたわれた善政を施したから正当性はあると。
はい、例を理解する読者の範囲が狭すぎますね(笑)

王都炎上・王子二人 ―アルスラーン戦記(1)(2) (カッパ・ノベルス)

王都炎上・王子二人 ―アルスラーン戦記(1)(2) (カッパ・ノベルス)

えーと、長いんで江川問題を描いた本宮ひろ志「実録たかされ」は次のエントリーに。

その前に詩をひとつ紹介。

友よ、革命の名に戦慄(おのの)くか
そは女童のことなり
良心の上に何者をも頂かず
資本家も地主も
ツァールもカイゼルも
而して・・・・
霊下一閃、胸より胸に
罪悪の世は覆へる
地震のごと
大丈夫斯くてこの世に生きる
北一輝「革命の歌」)
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/9388/kita.htm