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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

長き旅の果てに。作者の意図を離れ、禁断の扉を開いた木村政彦伝の真実は(増田俊也・ゴン格)

http://twitter.com/#!/kajiwara_bot/status/18257970647269376

@kajiwara_bot 劇画王梶原一騎BOT
「どこかおれと似ている…!いや…そっくりだ!おそらく木村さんもまた柔道界であまりにも実戦的すぎ…あまりにも勝負の鬼でありすぎたのだ!!おれは感動している…!真実を久々に見た!まぎれもない真実の強さを…!」【大山倍達空手バカ一代』】 #kajiwara

なかなか忙しくて読みきる時間がないが、ゴン格を少しずつ読んでいるよ。

GONG(ゴング)格闘技2011年2月号

GONG(ゴング)格闘技2011年2月号

そして今回、連載34回目にして増田俊也の「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」が、「昭和の巌流島」と呼ばれた力道山vs木村政彦の試合を描く回を迎えた。

ちなみにこの日記内での作品検索結果はこの通り。過去記事も読んでもらえればありがたい。


さて、「昭和の巌流島」について。
自分は、今はなき「ビッグレスラー」という雑誌で木村のインタビューを始めて読んだ記憶がある。「プロレススーパースター列伝」のおかがで馬場、猪木の師匠に力道山というのがいた、というような流れは知っていたが、その敵役などは知る由もなく・・・だが、要は木村インタビューってことは「力道山八百長破り」の話だから、たぶんプロレス雑誌に「八百長」の文字が躍る異様さが印象深かったのだろう。いまだに「頚動脈は3歳の子供が打ってもダメージになる。それを力道は本気で叩いたのだから・・・」みたいな記述と、あと「ゴング」だったか1、2カ月後に「こんな記事を雑誌は載せていはいかん!」と攻撃するコラムが載ったことを印象深く覚えている。


その後、プロレスを知ればこれは必須教養のようなもので当然表面的ながらも詳しく知ったし「空手バカ一代」「男の星座」などを古典として後から読んだ中にも当然詳しく出てますな。作品ごとに微妙に解釈違うのはおいとけ(笑)

だが、もともと増田氏はそういう一般的なストーリーに異を唱えるのが目的でこの大河連載に挑んだ。気の遠くなるほど膨大な資料に当たり、無数の証言を集めたことは最初からの読者はご存知だろう。その途中途中で、何度も通説を覆すような発見をしている。
(個人的には太平洋戦争中の牛島辰熊と、反東条勢力の動きについてが面白かった。東亜連盟の流れは大山倍達にもつながるし)

しかし氏の、その長い旅の目標はひとつだった。
木村政彦は本気になれば、力道山など問題にせず一ひねりできた。昭和の巌流島の結果は卑劣な陰謀によって、だまし討ちされた結果に過ぎない」(大意)ということの証明である。
しかし・・・

私は木村が勝ったはずだと証明するために、そのためだけにこの評伝を書き出したのだ。それが、取材が進むうちに、少しずつ雲行きが怪しくなってきていた。試合映像は、それくらい木村の準備不足によるコンディションの悪さを残酷に映し出していた。せめて前の晩に酒を飲まなければ…

そう、「タラとレバは北海道!」という戯言のように(そういえば作者は北大で学んでいる。関係ないか)、どうしてもこの木村を語るとなれば「試合の中でもっと早く本気になっていレバ」「寝技に持ち込んでいタラ」という話になる。そしてその手法の一つとして増田氏は懇意の格闘家・武道家、柔道OBらに実際の試合の映像を見てもらい、そこから「技術的には木村が上」「いくらでも勝てるチャンスはあった」という証言を引き出そうと考えたようだ。
いや、それはひとつのシミュレーションとして論じる価値は十分にある。なにしろ状況が状況だしね。

だが、氏もいうように「コンディションを木村は崩しすぎていた」ことがこの映像で分かるのだという。実際に映像を見た格闘家は口々に「力道山はKOできる張り手を持っている」「すごい掌底だ」「右を効かされたあとは手足がしびれて、何をやっても厳しいだろう」「・・・ああ、悲しいなあ・・・」
と厳しい見立てを語る。

そういう話を聞かされた、取材中のノンフィクション作家の心中は察するに余りある。作家もどこかの検事ではないが「筋読み」が重要・・・というか仮説としての筋読みは検察捜査でもノンフィクション取材でも実際のところ必要であって悪ではない。問題は、その仮説に反する証拠が出た時の態度であるのだ。

実際、ある格闘家は
力道山は普段から練習しているのだろう、動きがいい。木村さんは明らかに練習していない。体を作ってない」「うわ、(力道山の打撃は)これ掌底でしょう。すごいよこれ」と、力道山の強さを認めていたのだが、取材の中で増田氏の心境を感じ取り「わかりました。XXは真剣勝負なら木村の勝ちだと言っていた、と書いてください。XXの名前使ってください」と言う(雑誌では実名)。
その正反対の人もいる。ある増田氏ときわめて関係の深い格闘家(文中は実名)は、氏に「木村先生が本気ならタックルでテイクダウン、そして寝技で取っているのでは?」と聞かれ最初「そうですね」と答える。
しかし・・・数年たった酒席にて。
「増田さん、すいません。実はあのとき、増田さんがあまりにも真剣な表情で・・・(略)・・・つい肯いてしまったのですが、本音をいうと(略)危ないと思ったんです」
という。数年後に、あらためて、自分の発言の訂正を正式に伝えようというこの格闘家の筋の通し方も相当なものだが、この話を聴いた上で、今回昭和巌流島の執筆時期を迎えた増田氏はこうテキストをつづった。

ここまで書いて、私は迷っている。
ここから先、何をどう書いたらいいのかと。
考えに考えた末、迷いに迷った末、私はあったことをそのまま書く。

そして、上の格闘家の、取材数年後の酒の席での談話を紹介したのだ。
自分は、
上の一節への
感動というか、畏敬というか・・・
こうやって書いても、自分の力ではちょっと表現できない。

だから、中島敦に代弁してもらう。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/622_14497.html

書洩(かきも)らしは? と歴史家が聞く。

書洩らし? 冗談ではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ。芽の出ぬ種子は、結局初めから無かったのじゃわい。歴史とはな、この粘土板のことじゃ。

若い歴史家は情なさそうな顔をして、指し示された瓦を見た。

文字の精霊共の恐しい力を、イシュディ・ナブよ、君はまだ知らぬとみえるな。文字の精共が、一度ある事柄を捉えて、これを己の姿で現すとなると、その事柄はもはや、不滅の生命を得るのじゃ。反対に、文字の精の力ある手に触れなかったものは、いかなるものも、その存在を失わねばならぬ。

中島敦文字禍」より)

文字の精霊に不滅の力があるなら、それをつづる作家の筆は、少なくとも執筆の一瞬はその精霊を産む、精霊以上の神が宿るであろう。上の格闘家2人の証言も、芽の出ぬ種子・・・最初から無かったことになるかどうかは、筆者の胸先三寸だった。
しかしそこで、氏は事実を選んだ。


このノンフィクションは、当初の着地点をおそらく今、失っているだろう。だが、われわれはそうやって当初の仮説や目標地点が失われてもなお−−−いや、であるからこそ不世出の作品となったものをいくつも知っている。脳裏に既にいくつか浮かんでいるが略す。


この作品は、最大の山場を越えたあと、さらに続く予定だ。
傑作であることを既に自分は確信しているが、今後さらに、内容的には自分の予想を超えるものが出てくるであろうこと、これも確信している。
(了)

蛇足のよっつ

ハルバースタムの遺作「朝鮮戦争」に版元が付けた宣伝文

「すべては歴史の前にひれふす」。
独裁者も大統領も将軍も そして凍土に消えた名もなき兵士たちも
The Glory and The Unkowns

■「罠に掛かること自体が武道家の恥」という議論
「負けて悔やむなら最初から出なきゃいい」
「木村先生ほどの人が、どうしてあんな隙を見せたのかってことが悔しいわけだよ」
今回の取材でも、こういう言葉が格闘家の口から出ていたが、実は少し前、ゴン格自身でも「私と格闘技」というコーナーにムツゴロウこと畑正憲が出ていて、ほぼ同じ事を言っていた。たしか「タイトルが逆でしょう。なぜ力道山木村政彦を殺さなかったのか、じゃないかな」とも言っていたはず。
http://blog.livedoor.jp/oakley2009/archives/51449906.html
「罠にはまるのはそっちが未熟だからだ」という論法を吹っかけられるのだから、武道家という稼業はつくづく割が合わぬよ。



梶原一騎の、フィクションとノンフィクションの使い分けの妙。

今回、取材で増田氏も驚いているが「九州から電車で、力道山との試合のために上京してきた木村は車中で泥酔し、足もふらついていた」という、「空手バカ一代」や「男の星座」で描かれた場面・・・あれ、木村の油断を表現する演出ではなく、実際に当時の新聞記事から車中で飲酒したことが分かるらしい。変なところでリアリズム。
 
その一方で、力道に敗れた木村を「鬼の木村を担架なんぞに乗せちゃいかん!立って歩かせなさい!!」と師匠の牛島が涙をこらえて厳命するシーンが「男の星座」にある。ここで大山は「牛島先生の仰る通りだ!担架は不要、この大山が肩を貸す」と同調するのだが・・・。実際のところは、牛島が救急車を呼ぼうとして「そんなものを呼んだら一生の恥だ、ホテルまで立って歩かせる」と言う大山と口論になり、結局牛島は大山を振り切ってタクシーを呼んだらしい。
 
しかし物語の文法としては、柔道の鬼を育てた国士・牛島こそがたしかにこの台詞をいうにふさわしい。迷いに迷った末に、自分の当初の意図とは違った証言を元に記事を書くノンフィクションも作家の道だが、事実を元にして奔放に、「こうあった方が面白い」と劇画の原作を行うのも作家の道、なのだろう。

コマ引用の作品はこれ



力道山vs木村政彦、フルタイムの記録フィルムは無い?
実際の試合時間の記録は15分49秒だが、現在出回っている映像は9分程度だそうだ。ではノーカット映像は…この話はまたいずれ。