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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

ラッシャー木村死す。この機会に原田久仁信「プロレス地獄変」(男の涙酒)を読み、故人を偲んでほしい

http://www.sanspo.com/fight/news/100525/fga1005250506001-n1.htm

ラッシャー木村さん死す“必殺技”はマイク

 昭和の名物レスラー逝く−。国際プロレスのエースとして活躍し、全日本プロレス移籍後は「マイクパフォーマンス」で一躍人気者となった元プロレスラー、ラッシャー木村さん=本名・木村政雄=が24日午前5時30分、腎不全による誤嚥性(ごえんせい)肺炎のため死去した。68歳だった。2004年7月の引退後、表舞台から姿を消していたが、すでにこの頃から体調を崩していた。なお、通夜・告別式は遺族の意向で、親族のみで執り行う。

わたしは彼らが新日本プロレスに「国際はぐれ軍団」を結成して参戦したころは、実は無条件にスター扱いされるアントニオ猪木に(それだけで)反発を覚えていた”アンチ・猪木”だったので、同世代の人がこの訃報を聞いて覚えるだろう、「当時国際軍団を憎んでカエレコールとかしたなぁ」という「罪の意識」は少ない。いや…ただ維新軍に移ったアニマル浜口とラッシャーが抗争した時は「お前がだらしないから浜口は猪木を倒せるところに移籍したんだよ、認めてやれよ!」と思ったからやっぱり罪はあるか。その節はすいませんでした(笑)。


その後、プロレスを長年見続けていればいやでも木村の独特の、温かくも不器用なキャラクターやエピソードは伝わってくる。
木村がその後、世界最強タッグジャイアント馬場の「ミステリアス・パートナーX」として全日デビューし、その後「国際血盟軍」(この言葉で”血盟”という言葉を知ったな)というヒール軍団を結成したときは、正直年齢的にもすでにヒールの凄みは見せられなかったし、全日も多士済々だった。
しかし、馬場も自分もシリアスな戦いを見せるのが難しくなったところで一世一代の「ユーモアマイク」を開発。それもはじめは、まるでタイムボカンの3悪人や「チキチキマシン」のブラック魔王のような、”憎めない悪役”をプロレスのリングで展開(そのころまだ日本で類例は少なかった)し、そこからちゃっかり馬場のパートナーに納まる・・・という展開は、よく考えてみれば極めて見事だった。
メインイベンターがメインを譲れない、これが特に日本のプロレスの難点であったとよく言われる。だが実際に馬場や永源遥と一緒に生んだ「悪役商会vsファミリー軍団」はかつてのメインイベンターや前座のベテランの、別の形での晴れ舞台となったし、なによりお客さんに売る”商品”として立派に成立していた。また70-80年代の猪木型とでもいうべき「シリアスプロレス」の路線のままだったらもっとダメージが大きかったであろう「ミスター高橋本ショック」を、結果的には和らげる衝撃緩和の役目も果たしたかもしれない。これは結果的な話だが。

そんな中、国際はぐれ軍団を描いた「男の涙酒」(プロレス地獄変)を

プロレス「地獄変」 (別冊宝島 1630 ノンフィクション)

プロレス「地獄変」 (別冊宝島 1630 ノンフィクション)

アントニオ猪木新日本プロレスの80年代は、ひどいといえばひどいが悪魔的な企画の妙はたしかにあった。団体自体を「ほかの団体とはレベルが違う!世界最強の団体だ」と位置付ける中で、それを信じたファンが他団体からの移籍者を見る目は、団体の自負が変形しての選民思想や他団体蔑視、憎悪になっていったのだ。


そこで、国際軍団は「弱くて卑怯でしつこい嫌なやつら!」として売り出そう!!・・・と考えたのはどこのだれか。それは「狂乱の虎」や「ブレーキの壊れたダンプカー」「世界の大巨人」より安く、刺激的な悪役として客を呼んだのだからこたえられまい。
猪木も「がっちり腕十字を極めたが興奮しすぎてブレイクを無視し反則負け(腕折イメージも加味する)」→「髪を乱入してきた軍団に切られる」→「正式な髪切りマッチでは完勝するが、相手は約束をやぶり逃亡」→「お前ら1対3でかかってこい!」→「2人には勝利するが惜しくもスタミナ切れで3人抜きならず」×2回。

時系列ちょっと違うかもしれないが、やりもやったりキラー猪木。


しかし、これは今思えば「いくらなんでもイメージがある」とか「ひどすぎます」と彼らがそのアングルを拒否したりしなかったからこそ成立したのだ。

この「男の涙酒」では、九州の試合後、ミスター高橋国際軍団が4人で飲んだとき、アニマル浜口寺西勇がついにこの不満を口にする光景が描かれる。

「いくらなんでも1対3はないよな・・・」
「俺たちのことはいいとして、おっとう(木村)のことを会社はどう思ってるんだ?」
「だいたい、セメントになればおっとうが一番強いんだ」
「それなのに猪木のヤロー・・・!」

部下に「俺たちのことはともかく」と、上司の扱いについてこれだけ会社サイドに文句を言わせる人物というのも相当なものだが、ここまでメートルが上がった部下たちを、木村はたった一言で抑える。
「仕事だ…」

原田の絵柄は全盛期に及ばない、という声も聞くが、この一言を描いたコマは男の寂しさと責任、そしてそれゆえの誇りすら感じさせる傑作の絵だった。

本当ならコマを織り交ぜて紹介したいのだが、誰かに貸したのか今は手元に無い。文章だけで、魅力の100分の1でも伝わるのを祈るのみだ。
(2枚ほどは、ここからお借りした http://blog.livedoor.jp/buggy/archives/51687543.html )

作品の初出である

には、作家(シナリオを書いた人だったかな?)が解説文を書いていて、それがやはり冒頭に書いたような「まだ無知だった子供の時代、国際軍団を憎んでいた。その後人生を経て、彼らの哀しみを知った」という味わいのある文章なので、こちらも一読されたい。


木村さん、ありがとうございました。

【補遺】その後、http://d.hatena.ne.jp/maroon_lance/20100524/1274711654 にて前述の「仕事だ…」の絵が紹介された。
これです。