てなわけで、一部でそのクオリティを高く評価されていた、太田モアレの女子格闘技漫画「鉄風」が1、2巻同時発売という形で講談社からリリースされました。
太田という漫画家は、まだ肩書き的には「アフタヌーン四季大賞」だったか? そういうものしかない、格闘技でいえばまだネオブラどころかDEEPのフィーチャーキングをとったかどうか、というキャリアです。だが、掲載誌「good!アフタヌーン」ではめきめき頭角を現し、主力打線の一角に。個人的には、姉妹誌「イブニング」での「オールラウンダー廻」とほぼ同時期の連載開始だったはずで、同期のよきライバル、として比較しながら読んでおります。
雑誌自体が創刊されたばかりであまり部数がなく、なかなか知名度がアップしないので応援の意味を込めて紹介しましょう。
- 作者: 太田モアレ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/03/05
- メディア: コミック
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- 作者: 太田モアレ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/03/05
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まずあらすじの、公式サイト紹介から。
http://kc.kodansha.co.jp/content/top.php/1000005041
月刊アフタヌーンの新人賞・四季賞で大賞を受賞した著者・太田モアレ氏が満を持してgood!アフタヌーン初号より連載を開始した作品、それがこの『鉄風』です。女子高生・石堂夏央は物心ついた頃からどんなスポーツもこなすことができたが、それと引き替えに毎日の「退屈」を持てあましていた。そんなある日、ブラジルからの帰国子女・馬渡ゆず子と出会い、夏央は格闘技の世界へと足を踏み入れる!
この紹介を補足する形で進めていくかね。
まず主人公は、上にあるようにスポーツ万能の「夏央」嬢。ただ、上のあらすじを読むだけじゃわからないが、ビジュアル的にも性格的にも不良入っています(笑)。いやー作中ではちょっと空手のスパー名目で数人をシメたり、公園の裏でタイマンを張っているだけで公的に不良じゃないんですけどね。「だけ」って何だよ。
そう、スポーツ万能の中でも特に空手は集中的に学んだ時期があるらしく、その技術や、空手界の因縁もいろいろあるようです。
で、その夏央が実際にスパーをやっても、まったくかなわないのが総合格闘技を学び、高校に「格闘部」をつくろうと奮闘している(たぶん現在は未公認)MMAの申し子?馬渡ゆず子だというわけです。
ありそうでなかった新趣向。「本阿弥さやか」の視点でYAWARA!を描いてみたら?
万能タイプで、その分やりがいを感じることができなかった天才が、ピュアな熱血野郎に敗れ、そこで目覚めて本気のライバルとして・・・という話は、格闘技に限らずスポーツ漫画のベーシック・1としていろんなところで出ていますな。だいたい、3巻ぐらいに登場して、その後の中心的ライバルになったり、時々は新たな敵の引き立て役や解説者になったり。
それこそいま副題にあげたYAWARA!の本阿弥さやかを筆頭として、え−と「修羅の門」でも菩薩掌ってのを使う選手がこの範疇に入ってたでしょ。あと多々あったような気がするけど略す。
- 作者: 浦沢直樹
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 1998/07/01
- メディア: 文庫
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で、ここに新趣向なんか盛り込めないだろうと思っていたら、太田氏は「いっそそういうヤツを主人公にして書いてみた」というなんとも大胆な新趣向に挑んだ、ということですわ。これはたしかに、ありそうでなかった。
そういう人間を主人公にする以上、どうしても「ヒール性」を消し去ることはできない。で、今後のベビーターンに向けての”ため”なのかもしれないけど、少なくとも1、2巻のすごいところは、その「ヒールとしての主人公・夏央」をいっきいきと動かして、強烈な印象を与えているところなんですね。
作中にいわく「まっすぐに性格悪い」。
影は光に憧れない。影の誇りをもって、光に立ち向かう
夏央のヒールっぷりは、ゆず子との交流でちょっと格闘技に足を突っ込んだ彼女が、昔とった杵柄の空手の勘を取り戻すため、学校の空手部に”殴りこみ”にいくシーンで強烈に表現されます。どうも、この部の沢村早苗主将とは空手時代の因縁があるようで・・・(殴りこみのときは不在だった)
「最近体がなまっている気がしてね 勘を取り戻そうと思って・・・」
「その勘を取り戻す作業に 沢村主将が適任だってこと?」
「うん 見た感じ 他は論外かな・・・」(笑顔)
後日、この因縁ありの主将と公園でタイマンをしたとき、夏央は見よう見まねでタックルからインサイドガードへ。そしてかました技が、近代MMAではどこも禁じ手にされたマーク・コールマン風のグラウンド頭突き(笑)。
で、ぶちかましておいて
「ごめんね早苗ちゃん 痛かったでしょう?」
「これからもっと 痛くしてあげるね」(会心の悪魔的笑顔)
プロレススーパースター列伝のプロモーターだったら「なかなかのヒールっぷりだ、少しだがギャラを上げてやったぞ」と喜んでくれるような悪役っぷりです。客にチケット料金(本代)を出させる、銭の取れる悪役。
しかし、この極悪ヒールが、ベビーフェイスにはかなわない。
この作品では夏央より強い女の子として、ゆず子のほかにヒクソン・グレイシーをモデルにした格闘家の娘で、ゆず子の親友のリンジィというのも登場(ゆず子よりも、さらにちょっと強い由)。どっちも、現時点では夏央を問題にしない強さ。
二人とも、天然ボケといっていいぐらい純真無垢で性格がいい。ギラギラした半面でさめている夏央を「とっても強い、素敵な人。ナカーマ」扱いしてフレンドリーに接してきます。
(関係ないけどこの「ゆず子」の外見ってパトレイバーの泉野明に似てないか? 性格上もそういう部分はあり、こういうキャラの一典型なのかもしれない)
で、そこでわるーい悪役たる夏央が改心してカタルシス・・・と、なるのかどうか。上にも書いたように、最終地点はそこなのかもしれないけど、少なくとも1、2巻の夏央はそういう行動原理では動かない。
「格闘技IQ」が生まれつき備わっているらしい夏央は、現時点での力の差を冷静に受け止め、「通過儀礼として、負けに来た」とスパーリングで(敢えて)ゆず子にぼろ雑巾のようにされます。
そして、偶然であった「日本最強の女子」紺谷可鈴選手の所属するジムに自身も入門、ここでもさんざん極められながら技術を吸収していく。
しかし、その闘志のミナモトが
「潰しがいの確認」とか
「充実している人間を許さない」とか
「とっても楽しそうな子を 狩りたくなる」とか(笑)。
一回だけ、別の動機も語っているが、「努力して、 一歩ずつ地道に進歩して、課題を吸収して・・・それで全力を出しても結果に届かないという経験をしてみたい・・・素敵・・・」(※どうも今まで、すべて努力しなくても結果が出たらしい!)
ま、これが読者の感情移入を成立させるかは別として、とりあえず新人漫画家が世に問う作品の主人公としては、インパクト、創造性ともに満点に近い。何度も繰り返すように最終的にベビーターンするのか、上のような「影の論理」を崩さずに最後まで突っ走るのか、どちらにしても自分自身で積み上げたチップの金額はだいぶ高くなったが、そのぶんカードが開かれるときが楽しみってもんである。
無垢で善意の人間が自分の「壁」だったら?
さいきん、自分の中で「人力検索はてな」ブームが再点火して、能力は至らぬながら回答者としてよく登場しているのだが、最近こんな質問がございました。
http://q.hatena.ne.jp/1267943055
【質問】以下の三つのパターンいずれかの作品を探しています。該当する作品でオススメのものがありましたら教えてください。
パターン1:主人公が腹黒キャラ(例:『コードギアス』のルルーシュなど)だが、ヒロインの善人キャラ(例:『フルーツバスケット』の透など)に段々と感化されていく
パターン2:主人公が善人キャラで、腹黒なヒロインを感化していく
パターン3:腹黒キャラが善人キャラに感化された挙げ句、善人キャラを護るためにより手段を選ばなくなるどれかひとつのパターンだけでもよいので、ご存じの作品がありましたら教えてください。
またその作品がどんな感じか、簡単に解説をつけていただけると助かります。
このときの私の答えはリンク先参照。「鉄風」のことをうっかり忘れていたのは失敗だった。まあ、こういう形で、大抵は主人公の善良さにワル、冷酷のサブキャラが感化され、改心するというのが通り相場ですね。それが裏返しになったのが本作の新趣向だというのは、何回も述べたとおりです。
で、今回そうやって裏返しにすると、無垢で善良、ついでに熱血のゆず子・リンジィというのがとたんにブラックボックス化する。
「単純熱血バカの主人公は、ストーリーを進ませてくれるし、多くの人気漫画はそういう主人公のおかげで成立している」とは岡田斗司夫が指摘したことだが、あらら、太田氏が今回、上に書いたような形で主人公の対極としてこういうキャラクターを持ってきたら、意外なことにこの人たちの内面、モチベーションに対してもひとつの「謎」として提示されてきたような気がします。
「このひとたちが単純で無垢で善意なのは、そういう性格だからだ」で終わらせても話はじゅうぶん成立するのだが、もう一段の掘り下げがあるか、どうか。これがこの作品のカギを握るような気が、個人的にはしている。いや、そう期待している。
その伏線になるようなところもあって、すでに触れた、リンジィの父親マリオ・コルデイロ(ヒクソンがモデル)は、夏央の通うジムの代表・竹中理祐(やや桜庭和志がモデル)に向かって「ヨク、表ヲ出歩ケマスネ」と嘲笑する。実はとあるテレビ番組で、リンジィとこの代表は公開スパーを行い、リンジィは秒殺KOをしていたのだった!!(ヤラセが絡んでいるとか色々あるんだが、それは置く)。マリオは夏央と共通するような<影>の持ち主であることが暗示されています。
そしてその竹中とマリオの試合やリンジイ対”日本最強”紺谷、そしてゆず子対夏央というチーム的な対立概念もクローズアップされていきます。
この世界では、いまどき懐かしいテレビ局主導の1dayトーナメント「G-girl」が予定されていることになっており、それと絡む形で話が展開していきそうです。
技術論、アクション
そのへんは新人離れしている。ジム風景が出るようになってからはそのシチュエーションを利用し、わかりやすくイチから言葉も交えて必要な基礎知識を読者に伝えているんだけど、むしろ実際の試合の描写の中で「不用意なストライカーはタックルの餌食」とか「下からでも攻める手段はある」とか「いきなり絞めに入って落とす技法がある」とかを”ここ重要!”という部分を演出で強調しながら伝える力があり、いいたくないがここは「オールラウンダー廻」より上手い気がするなぁ(笑)。
男子でなく、女子総合格闘技界が舞台の理由
たぶん、あまりない。
もちろん登場キャラクターは、モデルのように美しかったり可憐な姿に、ブルドックのような闘志を秘めた、ジュエルズのファイターのような人たちが出てくるし、ブルドックのような姿にブルドックのような闘志を秘めた、いやそれじゃそのままブルドッグだろ。そんなvhjij$%lhuknj76r5のファイターのような人も出てくる。あれ?文字化け??
だが、とりあえずシミュレーションしてみると、これをすべて高校生の男の子ぐらいのキャラクターにしても十分に成り立つんだわな。
これは強みでも弱みでもなく、特性というもので、男でも女でも成立するんなら、とりあえず本邦初(だよね?)なので女子総合格闘技にしました、ってんでもぜんぜん現実的で妥当な判断だ。
YAWARA!は逆に、ちょっと男子の世界に持っていっても成立しがたい。「柔道部物語」の女性版もありえない(爆笑)。
このへんはジェンダー論に持っていく気はないが、ちょっと「主人公の性別を変えてリメイクしても物語は回るか?」を各種の漫画で考察すると面白いかもしれません。
他の紹介ブログ
新興雑誌の掲載のため、そんなに人気爆発というわけではないが、いくつかのブログがあります
http://mamiduku.blog.shinobi.jp/Entry/1893/
http://d.hatena.ne.jp/memo8/20100308/p1
http://d.hatena.ne.jp/retreat/20100313/p1
など。