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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

雑誌休刊をオフィシャル発表前に語ることはイケナイか?というお話(ゴン格vskamipro)

kamiproが出た。ゴン格は定期購読のお店が、こちらの仕事が終わる前に閉めるのでまだ入手できてない(笑・・・というか涙)
んで、kamiproの最新号には座談会がござんして、ここでゴン格について語られている。批判がだ。

GONG(ゴング)格闘技2010年3月号

GONG(ゴング)格闘技2010年3月号

kamipro座談会のゴン格批判要旨

・休刊をオフィシャルで発表していないのに、座談会で大々的に取り上げる
・その内容はトンチンカンだ
・その情報はベースボールマガジン社からの広告局リリースを根拠にしたが、それは貴方宛のリリースではない
・正面から向き合っていない。取材して分析してない


とのこと。
批判の一部は、先行して発表されたmimiproというポッドキャスティングでも聞けるから、聞くとよろしい。
ここでも「仁義に反する」という言葉での批判があった。
まあよく分からん、雑誌渡世の中では、そういう仁義というのが以前から共有されているのでしょうか。
ただなぁ、公式非公式でいえば本来、格通の休刊は2月23日発売のメモリアル号内の記述をもって正式にアナウンスされているのだから、本来そういう仁義があるとか、正面から取材する必要があるということならそれを受けて、2月23日以降に座談会でその休刊告知に「正面から向き合って」、次回3月発売号に載る・・・というのが正しくなるのでは。
発売日が同時の号になら載せてもいいというのが業界の仁義なんでしょうか(ちなみに座談会の収録日は1月21日とのこと)。
渡世のしきたりはわかりづらくていけねぇ。まあ、そう言っているんだからそういうもんなんだろう。

ちなみに最近の休刊報道

わたしの記憶では最近の大型休刊は「月刊現代」「諸君!」「論座」「フォーサイス」「X年の科学、学習」(出版不況だねえ・・・)だが、多くはオフィシャルな当人の発表前に、新聞などで記事になりました。

2008年の月刊現代休刊報道をいま見直すと、分かる範囲では
8月30日に夕刊紙などで報道(ソースは「関係者の話」)
8月31日に各紙の朝刊でも報道
9月1日に講談社自身が公式発表。

でありました。

 出版大手の講談社が発行する月刊誌「月刊現代」が休刊することが、30日までに関係者の話で分かった。読者層の高齢化が著しく、販売の低迷が続いたことから休刊を決断したという。
(略)
 休刊について、同誌の高橋明男編集長は「こちらから申し上げることではございません」と話している。

その後

講談社は1日、月刊3誌の休刊を決め、総合誌「現代」を12月1日、「クロスワードin」を11月14日、漫画誌「マガジンZ」を来年1月26日発売分でそれぞれ最終号にすると発表した。

論座休刊の際も。おなじみサイゾーが。

朝日新聞社のオピニオン月刊誌「論座」が、9月1日発売の2008年10月号をもって休刊する方向であることが明らかになった。連載陣などの一部関係者に対して通達されたもの。

 89年創刊の「月刊Asahi」を前身とする同誌は、岩波書店の「世界」とともにリベラル派の代表とされてきたが、最近の発行部数は1万部程度にとどまっていたと見られており、事業としては赤字が続いていたという。

 朝日新聞社は本誌の取材に対し「月刊誌『論座』の今後に関しては様々な角度から検討していますが、休刊を正式決定したということはありません」とFAXで回答。

諸君!休刊もやはり公式アナウンスの前に報じられた。
休刊を告げる通知が、他の第三者の広告関係に届いたという情報を、信頼に足るところからキャッチできれば、上にあるように報じるには十分のような気がするんだが、まあそれと仁義はまた別なんだろう。
ただ、kamipro124Pにあったような「訴える、訴えない」の話だと、訴えてもたぶん原告は勝てないと思うなり。


もひとつの余談。かつてのゴン格の「つまらなさ」について

格通の思い出話を語るkamipro座談会の中で「ゴン格は雑誌としてちっとももしろくなかった」というのはまったくもって同意だ。
わたしも、当時のゴン格を毎回一応は立ち読みしながら「いやーひどいねー、だれがカネ出して読むのかねこんな雑誌。」と毎回、のように思っていました(笑)。
だから、逆に最初に書店で購入したときは「うーむ・・・・よもや俺が、ゴング格闘技を買うような時代が来ようとはなぁ」とすごく感慨ぶかかったので覚えている。

それはまさに明日「リングス226事件」の10周年なんだが、つまり第1回KOKをゴン格が特集したときだ。
1回戦のときから、リングスと格通の関係が悪い間隙を縫って読み応えある紙面を作っていったのだな。何が幸いするかはわからないものだ。

ただ、記憶にある限りではそのころから熊久保英幸氏が体調を崩し、第一線に出なくなって路線が変わっていったはずっす。
つまり、あそこの座談会で批判されたつまらないゴン格って、基本的には対談で登場している「クマクマンボ・ゴン格」なんだ(笑)。
座談会で意識的に「クマクボゴン格」「非クマクボゴン格」と言い換えながら読んでみるとわかるから。

勢いあまって「かつてのリングス報道」というブラックボックスまで開けるし!

そして
「リングスは格闘技でないと格通は暗に言っていた。それは読者を育てる意味があった。ゴン格はそうではなかった」
というような、ゴン格に批判的な文脈の、文章まで載っていのだが、それがよりによって「kamipro」に載っているというのが感慨深い。「ジェレミー・ホーンインタビュー」や「女子便所説教事件勃発! よくやった前田!!」から、思えば遠くに来たもんだなあ・・・、みたいなことをぼそっと、古い読者はつぶやくのであります。

【追記】今気づいたが、堀江ガンツ氏がkamiproで働きはじめたのはたぶん1999年前後(新人を半分いじめのようにネタ化することが多かった同誌で、普通に「仕事ができる新人」として紹介されたので覚えている)リングスが前田日明の蛮勇でKOKに踏み切り、その後は自分たちも予想外の形(らしい)でそれが継続したから、実は「旧リングス報道」に負い目を感じないジェネレーションなんですな氏は。もっともその後の「語る男・前田日明」のキャラクター造形においては、何もいわない彼自身が、いや彼のアバラの軟骨が、「あのトークの神格化、カリスマ化はまずかったな・・・」と思っているでありましょう(笑)

今号のkamiproは、実は2000年の「ゼロゼロ年代」・・・10年分を特集しており、10年の語録を再録・再構成している記事があるんだが、どっこい読者のおいらはけっこうその時々の論調と記事内容を、それなりに覚えているのだ(笑)。そうすると「えっ、この記事の主張とこの記事の主張って整合性無くない?」と思わないでもないでもない。




結論として、毎号、買いつつ読みつつ、その上でこまかい論調は覚えていない読者が一番よい読者なのでありましょう(笑)