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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

当ブログ初のライトノベル本格紹介は有川浩「シアター!」。格闘技プロレス団体にも通じる?「組織マネジメントもの」

いつかライトノベルのほうを本格的に読んでみるよ、という公約をやっと果たすことができました。
この前、山本弘ブログ経由で紹介した有川浩の「シアター!」です。

シアター! (メディアワークス文庫)

シアター! (メディアワークス文庫)

盛り上げて「こりゃ読んでみようかな?」と思わせる力は山本氏はすごいもので、大いなるきっかけになりましたよ。前から推薦されている「図書館戦争」の作者ということもあとで分かったし。
というわけで今回はひさびさに大型のカタチで有川浩氏の「シアター!」の感想を書き、紹介したい。

あらすじ

あらすじは例によって、ありものを使う。裏表紙から。

小劇団「シアターフラッグ」―ファンも多いが、解散の危機が迫っていた…そう、お金がないのだ!!その負債額なんと300万円!悩んだ主宰の春川巧は兄の司に泣きつく。司は巧にお金を貸す代わりに「2年間で劇団の収益からこの300万を返せ。できない場合は劇団を潰せ」と厳しい条件を出した。新星プロ声優・羽田千歳が加わり一癖も二癖もある劇団員は十名に。そして鉄血宰相・春川司も迎え入れ、新たな「シアターフラッグ」は旗揚げされるのだが…。


この作品、実はプロローグ時点では主人公春川司の一人称で、本編から3人称になる。冒頭は、兄の司が弟の巧を見守るさまが隠れているんだが、兄さんは子供のころからしっかりもので、弟の巧はひっこみ思案のいじめられっこだった。ほとんど友人もできない巧は、兄とヒーロー人形を使ってのごっこ遊びだけが唯一の楽しみ。だが、その「ごっこ遊び」によって、ストーリーや複雑な人間関係、伏線などを張る能力が鍛えられており、それが劇団主宰(兼脚本家)としての才能を開花させる・・・という、劇団破綻とその再建にいたるストーリーが始まる前の状況展開がすごく効いている。
つまり冷徹・峻厳なプロデューサーを主人公とする新機軸を歌いだした以上、その”敵役”は実務的な部分に才能がない芸術家肌の、赤字を生んだ男にならざるを得ない。だが兄弟関係(大人になってもかなり弟はあまえんぼうだし、兄は世話焼きだ)の導入と、巧のこういう生い立ちによってうまく悪役を悪役ならざる形にしているので、非常に温かい雰囲気で読むことができるわけですね。

しかし、弟の巧さん。
この前「役に立たない弟」ランキングを作りましたが、いきなり初登場1位ですこいつ(笑)。


さて、ここから主人公はプロデューサー・春川司に移る

あたくしの書評、紹介の特徴として、読みながら「これまで読んできた本の中で、これにテイストが近いものは何かな?」というのを思い浮かべるというのがあります。
この本を読みながら思い出したのは

監督 (文春文庫)

監督 (文春文庫)

という本。主人公の広岡達朗だけは実名、率いているチームは架空の球団名という形式だが、ほぼヤクルトを優勝に導いたときの事跡に沿っています。この作品が出てきたときの衝撃は、当時の向井敏の文章に詳しく、広岡の悪役イメージを当時一掃するようなインパクトがあった(その後また悪役に戻ったが(笑))
まあ、「組織を冷徹なハードボイルド指導者が引っ張る」面白さでは共通しているが、カネ勘定というもうひとつの部分はまた別。

そのへんで思い出すのは

NOAHを創った男―三沢光晴の参謀

NOAHを創った男―三沢光晴の参謀

だ。同団体の経営状態が悪化したいま、説得力が無くなった・・・と思うのは早計で、今読んでも興味深い点は数多い。小屋にお客を呼んで、木戸銭を払ってもらい、みんなを食わせていく・・・という点では、そのまま「シアター!」のエピソードとして登場してもおかしくない挿話もあり、逆にシアター!が面白かった人にも読んでほしいところだ。

「カネ勘定ゲーム」は、普遍的に面白い(他人事やフィクションならば)。

そもそも経営というのは、一種の「カネ勘定ゲーム」であり、基本的にはコストを減らし、収入が増えればうまく回る。ただ、宣伝もしなきゃいかんし、運転資金も確保しなきゃいかんし、売れ残りを処分しなきゃいけない・・・とさまざまな要因が複雑に絡み合う。
それが一種のゲーム性を持っていることはだれも否定しないだろう。
もちろん、実際にそれをやって、実際にゲームオーバーしたときは「夜逃げEND」や「天井の梁からぶらりEND」になってしまうのだが、それを言ったら中国大陸の統一でも竜退治でも実際はけっこうキケンだ(笑)。
もちろんその企業・組織経営の物語を書く企業小説は確固とした一ジャンルをすでに築いており、傑作も枚挙に暇が無いが、それを若い人が多いであろうライトノベルになじみやすいように規模やジャンルを10人前後の劇団、負債額を300万円、冷徹なプロデューサーは、赤字を作っていたクリエーターの兄さん(だから肉親の甘さがやっぱりある)・・・というふうにしたところがコロンブスの卵的なうまさだろう。
実際、このへんで読者および主人公が全体状況に目が届きやすいようにしたところが成功しているし。


また「なんでうちの会社(劇団)は儲からないんだ?どこが赤字なんだ?どうすれば黒字になるんだ?」
というのは、一種の謎解きミステリーで、「あ!こうすればコスト減じゃん」と、名探偵ならぬ名プロデューサーがなぞをとく爽快感っていうのはある。トム・ソーヤーだったと思うけど、お母さんから罰としてペンキ塗りを命じられたトムが、それを「ペンキ塗りゲーム」のふりをしてわざと楽しそうにやっていたら、仲間たちが「俺にもやらせてくれ!」と自分の宝物を出してまでやりたがる、というくだりがあったね。実際のコストカッティングはもっとしんどい、裏技寝技の世界だが、それを名探偵風の演出にするとまた面白い。

書きながら思い出すわけだが、こういう「コストの謎解き」は言わずとしれたミリオンセラー

さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学 (光文社新書)

さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学 (光文社新書)

と、そこで触れられている話を小説仕立てにしたなどがあるし、ほかに・・・・思い出した、
コミック 銭 1巻 (Beam comix)

コミック 銭 1巻 (Beam comix)

がある。ライトノベル層にはもっと馴染み深いかもしれない「サークルの同人誌でどうやって儲けるか?儲けた金をどう節税するか?」というテーマの回もたしかあったなあ。

さらにいうと、ライトノベルで商人が主人公で狼か狐と一緒に商売をやって儲けるという人気シリーズがあるらしいよ。
ゲーム「大航海時代」だって商売が一種のテーマだもんな。

そうだ、本書に戻ろう。

この本のストーリーだけに絞っていけばサクサク進むのに、類書を連想しつつ進むのでなかなか進展しません(笑)。芸風としてご了承ください。

さて、とにかく劇自体の評判は悪くないのに、脚本家・演出家としての才能以外はゼロの巧さんはおにいちゃんの司に借金を泣きつく。前から劇団活動にのめりこむ弟を苦々しく思っていた司は、300万円を貸す代わりに、予算・経理に関する全権限を奪取。「2年でカネが返ってこなかったら劇団はつぶす!」

「(略)・・・無利子で2年も猶予をやるのに返済できないならお前らに才能なんかない!2年間死にものぐるいでやれ!自分の無力を思い知って死ね!(略)」
「畜生、この守銭奴!」
黒川が畳に座ったまま器用に地団太を踏む。司はハンと鼻で笑った。
守銭奴けっこう!金は正義だ!」

そこで団員からついたあだ名が「鉄血宰相」(笑)。
しかし、やるとなると仕事に手抜きはないし、時々仕事の範囲も超える。劇団員からは鉄血ぶりを恐れられると同時に「巧もブラコンだけど、お兄さんも相当なブラコンだなあ」と見透かされている・・・というのが、女性作家らしい細やかな機微ってところだろうか。

だが、真紅の怪物「アカジ」は、相当な強敵である。

「たった数日でこんなもの(※ずさんだった劇団の収支表を、膨大な伝票を整理して兄が製作)を作ってくれるなんてさぁ。本気でシアターフラッグのことを考えてくれてるんだなって・・・」

「しまえ」
「そんな照れなくてもいいじゃん。兄ちゃんってやっぱり優しいんだよねー」
「メシが不味くなるようなひでえ経理のカタマリを食卓に出すなっつってんだ!俺に対する嫌がらせか!」
「ええー、そんなひどいかなあ」
「ひどいかひどくないかで言ったらひどい、ひどいかとてつもなくひどいかで言ったらとてつもなくひどい!!」

さて、ちょっと用事があるのでいったん中断し、つづく。

ライトノベル的「しゃれた会話・文体」について

ちょっとこの作品の本題に戻る前に、わたしが「ラノベ」の文体に関して、以前、各種のネットパロディで作品を読む前に刷り込まれていたイメージについて書いておこう。
今「ライトノベル 文体 パロディ」などのキーワードで検索した中に、たとえば
http://lightnovel.g.hatena.ne.jp/REV/20070321/p1
http://u-gata-kai.at.webry.info/200610/article_20.html
というのがある。用は「装飾過剰」だ、といった批判だが・・・。結論からいえば、少なくとも個人的にはこの作品に関しては気にならなかった。
ひとつは、別の方向性から文体が装飾過剰な作品、たとえば「銀英伝」とか、台詞だけでも十分装飾に満ちた「エリア88」を読んできたし(笑)、それより最近、偶然にも落語の表現に再び触れる機会があったからだ。


「ちじれっ毛の高島田、ゆう(結う)にゆわれぬ」
「行ったらどっかにひっかかって帰ってこない、上げ潮のゴミ」
「チコンキ(蓄音機)の犬みたいに首傾げて(※ビクターの商標のこと)」


など、もう自然か不自然かでいったら不自然極まりない表現がとびかうこの大衆演芸と同様、うまいことをうまい場面で言おう、表現しようというのはエンターテインメントの方向性としてはなんら間違いではないはずだ。逆にこういう表現の中から、現実社会の中に使われていくような表現も将来的には出てくるだろう。
まあ、有川浩自身の文体の個性ってのもあるだろうし、違う作家は違うかもしれないのでほどほどに。作品に戻る。

攻めるも守るも

「ひどいか、とてつもなくひどいかでいったらとてつもなくひどい」という劇団の収支の元凶は何か?
まず経費の削減に司は乗り出す。
これまで高いお金を出して借りていた稽古場を、団員居住区の公共施設を片っ端から借りることで安く上げる(当然通いづらくはなるが「世の中、楽ができるのは金を持ってるやつだけだ」のひとことで文句は却下)ことをはじめ、パンフレットに広告を入れる、台本もコピーで作って商品として売る−などの、ごくちょっとした、逆に言うと当たり前の活動によって、コップにしずくをためるように収支の均衡を図っていく。


その関連で・・・ちょっとわれわれにとってはおなじみの話が、特に面白いので紹介しよう。司が、劇団の赤字の原因のひとつが「巧の脚本の仕上がりが遅い」だと指摘し、脚本は絶対に早く仕上げるよう命令する。

「脚本が遅いとそれだけ金がかかるということをわきまえろ!」
(略)
「よく覚えとけ、時間と金は反比例の関係にある。時間をかけたら金が節約できる。金をかけたら時間が節約できる。世の中はそういう仕組みになってんだ。なんで特急が在来線より高いと思う、時間を買う金が上乗せされてるからだろが」
公演準備も同じくである。脚本が白紙では本格的な準備には取り掛かれない・・・・・すべてをわずかな時間で完成させるには金にものを言わせるしかない。・・・時間をかけて集めたら安く済む物品も、短期で調達するには定価で買わねば・・・
(略)

「お前が1人で時間を遣い込むツケが劇団の経理に跳ね返ってこのザマだ!」

「売り上げを増やすためにも脚本は早い段階で必要なんだよ。(略)お前が客なら公演直前まで内容がまったく分からないような芝居を観に行きたいと思うか?・・・(略)・・・手売りにしたって同じことだ、内容未定のチケットなんか売りにくいだろうが」

以上、DREAM・笹原圭一代表批判をお届けしました(笑)


と同時に、けっこう司さんは攻めの姿勢を見せる。ホームページを活用してチケットの各自のセールスを効率的に把握したり、DVDを公演期間中に製作して販売したり、特に知名度を上げるために、劇団に入ってきたばかりのプロの声優・羽田千歳をフルに宣伝に利用し、あまつさえブログを始めさせてしまう。

「シアターフラッグのためにせいぜい君の看板を使ってもらおうかな。(略)…ブログを始めてもらいます。シアターフラッグのオフィシャルサイトと相互リンクを張るのでブログで公演情報をばんばん告知。・宣伝するように。細かいことは心配ない、ブログも茅原がもう用意してるし」


「シアターフラッグを生き返させるには客を呼ばねばならない、客を呼ぶには知名度を上げねばならない、知名度を上げるには既にして社会的知名度のある人間に広告塔になってもらうのが最も簡単確実。この完璧かつ簡単な三段論法の帰結になにか異論は?」

作文は苦手、としり込みする羽田を宥めたり挑発したりして、鉄血宰相は彼女にブログを書かしめるのだが、初回のブログエントリは
「悪い大人に騙されてブログを始めることになってしまいました」
である(笑)。
そのほか、芸能がらみで意地悪なメディアに絡まれるなどの山・谷はあるが、千歳の思わぬ芯の強さと、司のこれも思わぬ懐の深さ、優しさで乗り切っていくのである。

劇団とくれば、異性がらみを含めた人間関係(偏見)

実際の日本の劇団史でも、かなり著名どころが多くの分裂、紛争を体験している(たとえば劇団「雲」など)が、こちらはそんなハードなものではなく、上に挙げたプロ声優、羽田千歳という異分子による劇団の変化だ。
そもそも300万円の借金発覚は、この女性の加入が遠因となっている。ま、その説明は複雑なのでおくけど、要はプロとしてそれなりの知名度があり、まだ演技は素人ながら声の使い分けといった技能を持っている人の加入で、クリエイターとしての春川巧が”本気”になってしまったわけだ。それが、これまで「楽しくやりたい」「好きなことやっているんだから儲けは二の次」といった劇団の体質自体を変えていき、そこで司との接点が出てくるのである。
劇団員の中でそれに反発する人間は基本的に既に外に出ており(借金とも関係)、劇団員はみなその変化を支えようとしているのだが、世の中微妙なもので「わたしたちが自分で、巧を本気にさせたかった・・・」「彼女は来ただけで、巧を本気にさせた」というところに複雑な思いがある、というのがミソ。

もちろんここに、かすかな?恋愛模様のあれやこれやがあったり、上に挙げたような彼女の知名度を宣伝に生かす中での司と千歳の距離、声優としての才能をリスペクトする巧と千歳の間の距離、そういうものが複雑に絡んだりする。
・・・のだが、そこらへんはブログ筆者の論評の弱点であると自覚しているので解説を放棄し、読者に○ミ\(・_・ )トゥ ←丸投げする(笑)。


演劇の神は、アクシンデントを常に信者に与える。

鉄血宰相の名前は伊達じゃなく、一連の「痛みを伴う改革」はおおむね順調に推移する。
だが、千秋楽もまもなく迎えようというとき、瞬間瞬間の芸術である演劇は当然のように舞台の上で、また舞台の外でとんでもないトラブルが発生していく。特に舞台の上の事態はかの格言「ショー・マスト・ゴー・オン」の通り待ったなしだ。


果たして劇団シアターフラッグは、数々の困難を乗り越えて最終的に黒字を出せるのか?


(評者の)後日談

・・・・といったお話で、たしかに十分楽しめた、いい作品だと思います。いずれはドラマや漫画になるかもしれないな。
そしてこの後、当初の予定では「他の有川作品も、これからはブックオフで気をつけて探しますよ」・・・という、作者と出版社に超ド級に失礼なフレーズで〆るつもりだったのだが、ちょうど読了の日、「次はこれを読んでみろって!! 絶対面白いって!!」と本を無理やり押し付けるという前代未聞の書店をうっかり訪れてしまってな(笑)。

空の中 (角川文庫)

空の中 (角川文庫)

海の底 (角川文庫)

海の底 (角川文庫)

の2冊を定価で買う羽目になった。
まあ、これらは聞くならく、わたしも数度「平成ガメラ」「機動警察パトレイバー・廃棄物13号編」などを引き合いに論じた「現代社会におけるリアルな怪獣ものは可能か?」ということに挑戦したものらしいので、期待は大だ。