ひさびさに「発信箱」をほぼそのままで
http://mainichi.jp/select/opinion/hasshinbako/news/20091006ddm008070046000c.html
信箱:1票の無言=玉木研二
菊池寛の短編「入れ札」は、役人に追われる国定忠次が、連れて行く子分3人を11人の子分たちの入れ札で選ばせるという物語だ。今でいう無記名投票。逃避行中の上州山中で、鼻紙を長ドスで切った札が配られた。誰が腕と度胸を高く身内に評価されているかの人気投票でもある。
筆頭の兄分で、選ばれなければ格好がつかぬ九郎助(くろすけ)は焦った。若手が台頭している。九郎助は、多くの者が表面こそ自分を「あにい!」と立てるが、内心では軽んじているのを十分知っていた。
多くの票は期待できない。彼は恥を忍んで自分の名を書く。果たして−−。昔ラジオドラマでこれを聴いた時、思わず緊張したものだ。
開票結果。若手らが選ばれ、九郎助は1票だった。自分が書いた札である。誰も気づいていないが、彼は恥ずかしさに身もだえし、自分の道を急ぐ。そこへ後ろから古顔の弟分が声をかけてきた。愛想よく、九郎助が内心その票をあてにしていた男だ。
その彼が平然と言う。「あんたの名を書いたのがおれ一人だとは。あいつらの心根が分からねえ」。九郎助はドスの柄を握った……。
16年五輪開催地決定の投票で、どこよりもあぜんとしたのは最初に最下位で転げ落ちた米シカゴだろう。大統領夫妻が乗り込み・・・・・・・・(略)、
とまあこの前の五輪開催地決定につなげていくのだが、それとは別に単純に面白いでしょう、菊池寛のこの短編の紹介。
菊池寛はあまりというかほとんど読んでいないが、学校の教科書に「形」というのが載っていたのを覚えている。
戦国時代、剛勇をもって敵味方から恐れられていた武将。
その武将がいつもつけている鎧兜を、貴方と一緒に闘う初陣のときにお借りしたいと親戚の若武者がいう。自分が尊敬されていることに満足した武将は快く貸すが「これはただの、わしの形に過ぎない。中身も負けないようにしろよ」とアドバイス。
戦場では、若武者が着ている自分のよろいを見ただけで的が浮き足立ち、つぎつぎ若武者が大手柄を立てるさまがよく分かった。
「自分の『形』だけでもこんなに強いのか」と大満足の武将だが、あることに気づいた。
今日、違うよろいを着ている自分に立ち向かってくる兵隊が、いつもより勇敢で強いように感じるのだ・・・・
という話。いやあ近代的だねえ、いまに通じるねえと言いたいが、文芸春秋の開祖だし当然か。
あとでもう少し短編を読んでみよう。
※上で紹介した両方の作品とも「青空文庫」で読めます
www.aozora.gr.jp