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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

我々には「銃という教養」が欠如している。それはいいことか悪いことか。

時間がないとかけないな、と思っていたので今日書こう。
少し前に、はてなブックマークで非常に人気があったエントリがある。
http://d.hatena.ne.jp/machida77/
の中の、フィクションの銃の描写に間違いが多い、という指摘だ。

銃火器関係

ニューヨーク市警の犬に対する発砲の統計から
ステマの射撃技術とモディファイド・プローン
ナイフと銃を同時に構える技術
ニューヨーク市警の命中率から
アニメ・漫画でこれだけは見過ごせない銃の間違い 指・手編/待機編/有名な間違い編
CQBでのガン・テクニックC.A.R System
銃を隠し持つ人間の見破り方
片手でスライド操作
拳銃の弾詰まり対処法
過去記事まとめ - 火薬と鋼

銃の知識かぁ。私は全然だね。それなりフィクションも見れば戦史も興味があるが、自動車・兵器・鉄道(列車)・そして銃の知識はぜんぜん無いままだな。でもそういう人間にも指摘が面白いのだから大したものだ。

そういえばMASTERキートンだったか?
ライフルを構えた相手の銃口キートンが指を突っ込み、
「撃ってみろ、暴発してお前もおしまいだ」
  ↓
ふりほどこうとした隙をすいてキートンが相手を倒した後
  ↓
「指を突っ込んだって暴発なんかしないよ。ハッタリが上手くいったね」
というような流れがあったような気がするが。
これか

銃に指を突っ込むと暴発する? MASTERキートン

もうひとつ、「こち亀」では初期のころ、不必要なくらいに銃が精密に描かれ、描写が詳しかったような気がする。本人も間違いなくガンマニアだったが、どうもアシスタントがそういうのが得意だったそうだ。秋本治はインタビューで、ある時期にあるテーマが多い理由として「当時のアシスタントさんがXXXが得意だったから」というのを挙げている。のちにはバイクネタが多かったのも同じとか。

さてここからが本題。

わたしはこうやって「いや小生、銃にはとんと疎くて へへへ」で済ませているけど、それは刀狩国家ニッポンにて平和と惰眠をむさぼっているからで、銃にからんだ暴力との対峙は国家権力に全面依存しているからだ。(その他の暴力もだけど)


ただ、それがグローバル・スタンダードの中においていいことなのか?というのがテーマだ。
アメリカ人は外国に興味なく、多数は行こうとも思わない。その傲慢さが問題なのだ」という話があるけど、日本人はかなり多くが、豊かであることもあって海外に行く。その海外で、一部は銃を持つことが合法であり、または非合法でもそれを持つことが日常茶飯事ならば、それへの対処としての「銃の知識」を我々が持っていないのは無知でもあり、傲慢でもあると言えるのでは無いか。


とくに、このブログには格闘ファンも来てますよね?
格闘技を、スポーツライクにリングや金網、競技場の中でのものと考える人にとっては、それは当然無縁の話なんだが、シーザー武志の「もし日本刀を突きつけられたら?」じゃあないが、いわゆる護身だとか、競技を超えた「強さ」にも興味を持っている皆さん方は「銃の扱い」についてまったく、全然、操作法も分からないほど興味が無い、で済むでしょうか。いや済むかもしれないけど。
このへんは価値判断や思想性の問題でもあるので、ちょっとアンケートでもとると面白いかもしれませんね。

私が関連で思い出すのは

銃に興味なくても楽しめるアクション「ダイ・ハード」で、テロリスト(実はただの強盗団)の親分が一対一でブルース・ウイリスと鉢合わせしたとき、とっさに逃げ出した人質の一人のふりをしてウィリスを信用させる場面。
(ややネタばれ注意)
騙されたウィリスは味方だと思ったそいつに拳銃を渡すが、親分はその銃を使って・・・と話は続くのだが、その時、ひよわなヘタレを装った親分にウィリスが


「銃は扱えるのか?」
サバイバルゲームぐらいは」
「それで十分だ、頼む」


と銃を渡す場面があるのですね。わたしを含め、何人のジャパニーズが、ウィリスに助太刀を頼まれて、銃を持てるか
そういえば本当にこの映画、日本企業のビルが襲撃されると言う設定だったな。
いやこんな心配をするぐらいなら、一番お得なガン保険は何かでも調べてろよ、というのも分かるのだが(笑)、それでも錠剤洗浄、いや常在戦場で、心配しておくに越したことは無い。

少なくとも、銃には安全装置がある(らしい)が、それをどう動かせば解除できるか、なんてことぐらいは「一般教養」として知っておくべきじゃないか?と。いつも心に柘植久慶

外国

必要な”教養”なんて国や地域でまるで違う、ことぐらいは重々承知。
馬に乗れなかったら生きていけないよと世界もあれば、「エクセルが使える?そりゃすごい、魔法の特殊技術者だ!」扱いのところもある。五言絶句をつくれれば命が助かるというところもあるだろうさ。そのうちの一つが「銃の扱い方を知っているのは、ある場面では役に立つことが多い」というだけであって。


だが、例えば「銃の扱い方」が客観的に見て、また日本という制限を仮に外して、君やわたし、また息子や娘が海外で暮らすというときに…それがかなり普遍的に役立つということなら、「銃の扱い方」は例えば学校で教える、べきものであるかもしれないわけですよ。
「生活科」なのか「総合的学習の時間」なのかは知らないが(笑)。

基本的に徴兵制があるところは、成人男性(男女を問わずのところもあろう)はすべて銃の扱い方を知っている。いいとか悪いとかの論評は不要で。

しかし、

もし公立学校で「銃の基本的な仕組み、打ち方の基本」なんてことを机上の空論でも教えることになったらそりゃあ、上へ下への大騒動となるだろう。この場合、「軍」というファクターが入るか入らないかにも寄るだろうが、とりあえずそれを外したほうが分かりやすい。
軍とは、また別にした上でも、銃というのが人や生き物を殺傷する道具であることはいうまでもない。
そして結果的に銃が身近であればあるほど、銃の犯罪だって統計的には増えることであろう。
ゆえに、「銃について教育では絶対に触れさせない。国民は少なくとも日本において、絶対的に銃に対して無知である状態を保つ、広める」という政策も、成立する余地がある。


それで銃に対してみんなで無知になれば、それはそれで、少なくともその国の中ではユートピアたりえるかもしれない。
銃の話から、最後につなげるのは
「つまり、世の中の人々、とくに子供が『必須で身につけるべき教養』というのは、いくらでも変わるもので、なかなか正解ってないもんだね」……という話なんですよ。
実を言うと学力テスト(およびその公表問題)も少し連想している。

でもいいや、まあこのへんで風呂敷を広げる(だけ)ってのはやめにして、とりあえず話を終わらせます。
(未完)