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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「カール・ゴッチの真実」を考える・その2(Gスピリッツ)

昨日につづいての話です。
このエントリにも「翻訳ブログ」(後述)という”黒船”がやってきたので、そっちの話もしなければならないのですが、まずはこの雑誌に即して語りたい。

ゴッチ以前のシューターたち

記事の中では「ゴッチが勝てなかった男−伝説の強豪バート・アシラティ評伝」というタイトルがつけられている。
この名前、たぶん私が読んできたゴッチ記事の中でも、翁の言葉として目に触れたことがあるだろうと思う。かすかな記憶がある。

ただ、なんとグーグル大明神にお伺いをかけてみてもなんと98件と堂々の100件割れ。おまけにほとんどが今回の雑誌広告や宣伝に関係したものであった。つまりそれこそ「オールイン」のネット界でも、ほぼ初の情報となっているようだ。
もと見世物(アクロバットチーム、飛んできた人間を受け止める!)あがりでアメリカ、インドを、パキスタンなどに長期遠征、実力は認められても放浪癖が禍して長期間王座を保てなかった・・・というのはいかにも昔のプロレスラーらしい。

ルー・テーズもそうだったが、「旅から旅」それ自体を愛することが旧世代のレスラーには必要だったようだ。

また、”ナチュラルパワー系”レスラーで、サブミション技術に卓越してはいないとも論じられている。

また、ベン・シャーマン、ジュール”スピーディ”ランディス、フランク・ウルフなど、アメリカにも多数の強豪がおり、何人かは蛇の穴で学んだはずの渡米後のゴッチにも、さらに指導できる技術、実力が有ったというのだ。
ここがアメリカの奥深いところで、「アメリカは新興国だからそういう伝統が無いはず」と思っていると、「その伝統ごと移民していた」という反則技で残っていることがある(笑)。日本が100年後にグレイシー柔術に再会したような奇跡は、米国ではありふれえたことでありえるのだ。


しかしアメリカのプロレス史となると、今度は”今のプロレス”になったのはいつごろかという話と、またエド・ストロングラー・ルイスやアド・サンテルら日本でも名を知られている伝説時代の強豪とのかかわりとかも出てくる。

アメリカでのゴッチ。ルー・テーズとの試合

ゴッチの「カール・クラウザーの名は、別人のふりして来日したから」というあの説は、残念ながら真実ではなかったようだ(笑)。まあいくらなんでも面白すぎるからしゃあない(笑)。
あと、”クラウザー”って名前はポーラウンド系なんだそうだ。地獄系ではないんだよ。いや、ポーランドから地獄へ移民したのがクラウザー一世で、その息子で国籍を取得したのがクラウザー二世か(笑)

また、カール・クラウザーにはさほど抵抗がないのに、フランス人「ピエール・レマリン」を名乗らされた時には

「この名前を初めて耳にした時、リングの上でバレエでも踊ってやろうと思ったよ」
「ドイツ人の私が(ってホントはベルギー人じゃん!)イギリス人ならまだしも(?)何が悲しくてフランス人にならなきゃいけないんだ」
「母親は私からの手紙でこれを知り、驚いて心臓マヒになりそうになったんだ」

って、どんだけ親子してフランス人嫌いなんだよ!!
つうか民族的放言ありすぎだろ!
ポリティカル・コレクト配慮しなさ過ぎだろ!!
な、話でございました。

もし「ドン・マリオ・パパラニーニョ」とかなんとか、ヘタリアじゃないやイタリア風の名前を名乗らされたらどういう反応だったかな。
「なにかマイクアピールを」
「うーーーーん、『パスターッ!!』」

時間切れでもう一回続く

今日はちょと、いそがなければいけないのでこれで終わり。書き残しはまたあとで。