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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「北欧の処刑人」がDREAM王者になり、ちょっと気になる余計な問題

スポナビからこられた方へ。昨日付のエントリはスポナビへのTBが上手く行かなかったので見逃しておられる方もいるかもしれません。よければついでにどうぞ)


そんなわけで、DREAMトーナメントを制しライト級初代王者となったのはヨアキム・ハンセンだったわけですが、この人はその迫力ある風貌や、膝などで相手を失神KOに追い込んだり、チョークでやはり意識を飛ばす戦いぶりから「北欧の処刑人」と呼ばれる。


ところで、本人もマスコミも問題にしてないんだからそれはそれで滞りなく話を進めていけばいいんだけど。
ちょっとわき道にそれる。
【コラム・断】権力批判と差別−−呉智英
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/160285/

というコラムが最近、評判を呼んだ。

先月朝日新聞夕刊コラム「素粒子」が鳩山法相を「死に神」と呼んだ。就任から一年足らずで十三人の死刑執行を命じた法相を諷刺寸評したつもりらしい……「全国犯罪被害者の会」も、我々に対する侮辱でもあると、抗議している。
(略)
素粒子」にも理がないわけでもない。これが権力者批判だという点だ。権力に携わる公人への批判には名誉毀損の例外条項もある。要するに、公人には批判を甘受する義務があり、国民やマスコミには公人を批判する権利がある。問題は……権力批判が差別と同居していることもある…(略)

 世の中には、自分が手を汚したくない嫌なことがある。そういうことを、実は権力や公的機関が代行している。…(略)…被差別部落の呼称の一つ「長吏」も本来、吏員の長(今で言えば課長、係長か)を意味した…

このコラムのおおもとになった事件は
http://www.j-cast.com/2008/06/23022281.html
を参照。



氏の古くからの読者なら初期の著作「バカにつける薬」で、東京都知事選に立った秦野章元警視総監 警察庁長官に対し、現職美濃部達吉を支持する知識人が「都知事はやっぱり美濃部さん、秦野はやっぱり警察官」という応援をして、その後謝罪したというトピックから論じた短文を思い出すかもしれない。

バカにつける薬 (双葉文庫)

バカにつける薬 (双葉文庫)

権力者批判なら、差別に関わってもいいか?という話は、不肖ワタクシもそういう氏の問題意識を読者として受け継いだから、週刊金曜日の寸劇に絡めて書いたことがある。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20061205#p3


んで、呉智英の同じ「断」コラムで評判を呼んだ過去の記事でこういうのもあったっしょ。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20071201#p7 (転載)

…私が驚いたのは虐殺者(大江の見解での)を屠殺者になぞらえていることだ。

 これ、いつから解禁になったのか。虐殺を屠殺になぞらえようものなら許すべからざる差別表現として部落解放同盟と屠場労組の苛烈(かれつ)な糾弾が展開されたことは言論人なら誰知らぬ者はない。

 一九八二年、俳優座ブレヒト原作『屠殺場の聖ヨハンナ』は改題してもなお激しい糾弾に遭い…


ふう。てなことで最初の話に戻るけど、
ハンセンがなぜ北欧の「処刑人」かというと、相手の命をも奪うかのような戦いぶりが、(リング外の人格はともかく)まことに残虐、冷酷に感じられるから処刑人だ、ということですね。
このような命名法はプロレスでもめずらしくなくて、死刑執行人を(婉曲的に)意味する「ジ・エクスキューター」と言う名の覆面レスラーはたくさんいたそうです。余談ながら、ところがこの名前がつく人はなぜか二流三流が多く、日本に来日した男に至ってはよぼよぼのロートルで「本当にファイトできるのか?」と税関で止められたとの伝説を持つ(笑)


ただ、「屠殺者」がこれまで糾弾されてたのは
「仕事として、社会の中で必要とされる役割の中で牛や豚を肉にしているのに、それを残虐・冷酷・悲惨の代名詞のように使うなんてけしからんし、実際にそれを行っている人間への差別じゃないか!」
という論法であり、とりあえず社会はそれを正しい意見だとして、実際にさまざまな表現物が言い換え・差し替え・削除を余儀なくされてきた。


今、実際問題としてだれも批判してないからそのまま滞りなく使用されているが、議論の枠組みとして、かりにシミュレーションとして「全国処刑人(※いまこんな呼び方してないけど)組合総連合会」とかが、「屠殺者」批判と同じ論法で、こういう比喩表現としての「処刑人」を問題視したとします。そしたら「(比喩表現の)『屠殺者』非難が正しいという前提」で議論するなら”万が一にも勝ち目はない、でしょうな。
まあ「墓堀り人」ローラン・ボックやそのまんまのジ・アンダーテイカー、「荒法師」ジン・キニスキー、「ヒットマン」ブレッド・ハートなどがいるので、木の葉を隠すには森の中、ということもある(笑)。もし万が一、ハンセンの「処刑人」にクレームがつくとしたらさし当たって、「北欧の法務大臣」と変更するか。


だいたい、「聖☆おにいさん」の話題でもあれでしたが、世の中ってかなりの部分がだ「黙ってりゃわからない」で動いている。


そもそもさ、アブドーラ・むにゃむにゃやがまだ現役で、代替わりで今さらネクロ・むにゃむにゃが登場すするんだから。ぼくの子どもの頃の「プロレス大百科」には「ブッチャーとは・・・の意味で・・・という彼の戦いぶりから名づけられた」とか書いてあったんですが、今後それには触れるな。



ちなみに呉智英はこの「なぜか英語にすると見逃してくれる」風潮にも以前突っ込んでまして、アメリカの銃社会を批判する進歩的ニュースキャスターがアメリカをなんども「ガン・クレイジー社会」と表現したのに対し「なるほど、もっともである。ただし分かりにくいから、ぜひ日本語で言ってほしいものだ」と書いていたな(笑)



実はこの「ブッチャー」に関しては、この部分からまた、ふたつのまったく異なるジャンルの傑作

ブッチャー 幸福な流血―アブドーラ・ザ・ブッチャー自伝

ブッチャー 幸福な流血―アブドーラ・ザ・ブッチャー自伝

世界屠畜紀行

世界屠畜紀行


を紹介し、ことに後者の実に巻を置くあたわざる面白さ、興味深さはいろんな形から論じたかったのですが、それはまたの機会に。


ついでにまめちしきふたつ。

■初期のUFCやPRIDEで活躍、のちに大富豪の女性と結婚しMMAを引退したガイ・メッツアー(Guy Metzger)について。

http://www.geocities.co.jp/Athlete-Sparta/3410/metzge_i.html

「俺の名前は、ドイツ語で「ブッチャー」だ。このニック・ネームを使うには、その前にもっとエキサイティングな試合をしておかなくちゃね。3月にTKOで勝った以外は、この1年以上KO勝ちをしていないんだ。」


■”殺人狂”(これもなんなんだか…)キラー・コワルスキー菜食主義者で(その理由についてはファンタジーな説明と身もふたもない説があるのだが)、ある日ブッチャーに「お前も菜食主義者にならないか?」と進めた。
ブッチャーは「このリングネームなので、肉を食べ続けると神様に誓ったんです」といって断ったそうな。もうひとつの理由として「子どもの頃は経済的な理由で否応無く。週の半分以上が菜食主義者だった。なんでいまさら」とのこと。


「怖いもの」「おそろしいもの」をリングネームに付けていった結末について

村松友視のエッセイに出てきた話だが、昔の二流レスラーで、そのキャラと格にふさわしく「国際プロレス」に登場していた「ジ・エンフォーサー」なる人がいた。
アンドレ・ザ・ジャイアントとの死闘で片目を潰された」と称し、海賊ばりのアイパッチをしていたが、ときどきその眼帯は左右を移動する(笑)といううさんくささ満点の人間だったが、名前の由来はそのまま「借金取立て男」。


村松氏は「プロモーターが迫力あるリングネームをと頭を絞っているうちに、つい『俺がイッチバン怖いもの…うむ、そりゃ借金取りだ!』となってしまい、こんなレスラーが生まれたのではないか?」と推測している(爆笑)。



「うーん、ヒールにふさわしい、恐ろしくて憎らしいキャラクター…そうだ!『初代』ってのはどうかな?後継者に一度は実権をゆずって引退したはずなのに、またカムバックして権力を再び握ろうとするいやなやつ! ああ恐ろしい、ああ憎らしい」


谷川貞治社長、それを怖がっているのは貴方だけです」




なんか今回、けっこう時間がかかってしまって他がかけなくなっちゃった。