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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

新聞備忘2 もし最低限、食える所得がもらえる社会なら?「ベーシック・インカム」論じた本が出版。毎日新聞で大型書評。

久々に毎日新聞書評欄を話題に。本当は全文引用したいが。
週のはじめに、この欄に興味深い本と書評が複数載るとその週が楽しいね。
 http://mainichi.jp/enta/book/news/20080217ddm015070120000c.html

今週の本棚:中村達也・評 『ベーシック・インカム…』=ゲッツ・W・ヴェルナー著
 ◇『ベーシック・インカム−−基本所得のある社会へ』

 (現代書館・2100円)

 ◇福祉国家の問題を示すラディカルな発想
 「働かざる者、食うべからず」。新約聖書の中のパウロの言葉であるが、キリスト教徒ならずとも、こうした労働倫理はあまねくゆき渡っているのではあるまいか。現にこの日本でも、不労所得という非難語めいた言い回しがあるし、ラファルグの『怠ける権利』もラッセルの『怠惰への讃歌(さんか)』もすでに絶版となっているらしい。そんなわけだから、すべての個人に無条件でミニマムの所得(ベーシック・インカム。以下、BIと略記)を保障するなどというのは、まるで荒唐無稽(むけい)な絵空事と取られるかもしれない。

 しかし、実はこうしたBI的な主張は、すでに一八世紀末にT・ペインによって語られて以来、決して主流的な位置を占めることはなかったものの、様々に形を変えながら、あたかも持続低音のごとくに語りつがれてきた。そして戦後の八〇年代以降、ヨーロッパを中心にこの主張が注目されるようになった。「訳者あとがき」によれば、〇七年だけでドイツでBIをテーマにした本が十数冊も刊行されたという。ちなみに、日本でBIが語られるようになったのは、数年前からのこと。しかも、その多くは、専門家によって専門書の中においてであった。

 だからして、本書のような一般向けにBIを論じたものはむしろ例外的で、BIを知るための格好の一冊といえる。著者のヴェルナーは、ヨーロッパ全土でドラッグストア・チェーン「デーエム」を運営する創業者で、近年カールスルーエ工科大学教授に就任したという異色の経歴の持ち主。彼へのインタビューを中心に、対談、鼎談(ていだん)、小論文を含めた構成で、BI的発想のエッセンスが語られる。成功した経営者である彼が、何ゆえにBIを主張するに至ったかは、それ自体おおいに興味をそそるのだが・・・・・・・・
(略)

・・・・こうしたBIの考え方に対しては、賛否が分かれる。賃労働への束縛から人々を解き放つその一方で、自らは働かずBIだけを受け取る「フリーライダー(ただ乗り)」が発生し、「怠け者による勤労者の搾取」を招くとの批判もあろう。フェミニストの中には、稼ぎ手たる男性への依存から女性を解放する契機を与えるとして評価する人がいるかと思えば、BIが給付されることによって、女性が労働市場に赴くのを却(かえ)って引き留めることになるとして反対する人もいる。

 あるいは意外なことに、市場原理主義的な新自由主義者から賛意の声があがる。BIが保障されるのであれば、最低賃金などの配慮なしに、賃金は市場の自由な調整にゆだねることができるというのである。一方、エコロジストからは、人々を賃労働・生産至上・経済成長からの離脱を促すものとして支持される。つまり、BI構想は、それのみが独立してその効果が発揮されるというのではなく、どのような立場のどのような政策パッケージの中で位置づけられるかによって、その果たす役割が大きく分かれるということなのである。

 ところで、BIの財源はどうするのか、果たして実現の可能性があるのかという疑問に対しては、小沢修司『福祉社会と社会保障改革』(高菅出版)が、日本の現状を念頭に計算を試みていることを付け加えておこう。そして、ヴェルナーの特徴は、ここでもいかんなく示されている。財源を、税率五〇パーセントの消費税に求めているのである。

(後略)

ベーシック・インカム―基本所得のある社会へ

ベーシック・インカム―基本所得のある社会へ


URL先に数ヶ月先まで掲載されているとは限らないので、早めに読んでほしい。

自分は、経済学的にこれをどういういう知識は無いのだけど、興味はこの前書いた
「暇人は社会のインフラ」論と、それで思い出した司馬遼太郎戦極、いや戦国時代(中国の)話ね

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20080131#p4
「■司馬遼太郎も「暇人は社会のインフラ」(byアンカテ)と言っていた(うろ覚え)」

関川夏央司馬遼太郎の「かたち」』112ページから。

>後年の司馬遼太郎は、土地を金儲けの手段として利用する精神の荒廃に警告を発し続けたが、バブルの最盛期には「私はいま日本の未来に対して明るい絶望感を抱いている」と語っていたことを吉田直哉は回想した。
何が明るいかというと、これだけ欲望が沸騰すると、若い者のあいだにお前はどうするんだ、と言われて、おれはごろごろしているよ、というのが全体の半分ぐらいは出てくるだろう。ニコニコしてそういう芝生にいる遊び人の中から、中国の諸子百家というような思想家が出てきて、そのパワーが政治を動かしているのではないか(……)そう思うと明るいのだが、そのためにはやはり江戸時代にできた侍の「武士道」という電流を少しでも持っていないといけない>(「かけがえのない羅針盤吉田直哉「文藝春秋」九六年四月号)

あとひとつは、「善意の政治のわな」つーかパーキンソンの法則応用編というか、
「親切で善意に満ちた複雑な政治制度」を「不親切だけどシンプルな政治制度」が上回る可能性というか。

これは逆に取るほう、税金のほうでしょっちゅう、それこそ新自由主義に近い立場の人が言っているらしいけど、「福祉を考えるとして扶養者控除だとか必要経費なんとかとか、子ども減税とか、いろんな特典をつけたり、また企業でも輸出促進免除だとかなんだとか、とにかくいろんな優遇措置がある。それは、複雑になればなるほど悪用されやすいし、また悪用されなくても、それをいちいち検証、受け付け、判断していくと徴税官僚組織が膨大になり、そこの人件費などが国庫を消耗させるだけだ、ばかばかしい。
極論を言えば税金は一律2割。例外は認めない。こういうシンプルなシステムは、強者に甘く弱者に冷たいようだが、そのシンプルさゆえに一番いい税体系なのだ」


なんてな理屈がハイエクフリードマン…というよりその亜流のような人々によって俗論的に言われていたこともあった。これらはラディカルな思想、「天下の暴論」というか、頭の体操・机上の空論として言われていた(現実政治としては2000年大統領予備選でこういう主張をする共和党候補が4番手ぐらいにつけたはず)。

ベーシック・インカムは書評引用部にもあるように、この一律税金論を、払うほう、生活保護や高齢者福祉のバージョンとして考えた…とみることもできて、それはなるほど面白いんじゃないかなー、とは思うのでした。


もし、本当にそんな社会が来たら、自分はそれでも働いているかな。
どうも可能性は五分五分だな(笑)。

この前の毎日新聞の書評はまだまだ面白いの多いぜ

今週の本棚:海部宣男・評 『生命科学の冒険−−生殖・クローン…』=青野由利・著
http://mainichi.jp/enta/book/news/20080217ddm015070110000c.html


今週の本棚:森谷正規・評 『ハイチ いのちとの…』/『1億ドルの男 松坂大輔…』
http://mainichi.jp/enta/book/news/20080210ddm015070024000c.html


今週の本棚:藤森照信・評 『昭和天皇』=原武史・著
http://mainichi.jp/enta/book/news/20080217ddm015070116000c.html


とくに最初の「生命科学…」だけど、冒頭の紹介が興味深い

脳の活動による弱い磁場の変化をとらえる。すると、身体の活動とともに変化する脳の活動場所の分布を、画像にすることができる。逆に画像の解析から、脳が何をしたいかもわかる。そんな技術が発達して、脳でロボットをあやつれるようになった。一昨年日本で発表されたのは「じゃんけんロボット」で、脳磁気の読み取り装置内にいる人が思うとおりに、ロボットの手がジャンケンして見せた。

 かわいらしい実験ではある。でも考えれば、大変な技術が登場したものだ。手足が重篤に不自由な人も自在に動ける時代が来る、と思った人もあるだろう。人によっては、思考で操るSFマンガの巨大ロボットを思い浮かべただろう。少し不気味な予感を持った人もあるかもしれない。脳の中で考えていることが読めるということなのだから。


脳の活動による磁場の変化…某合気道の奥義はやっぱり???(じゃないか。)