まず、最近の島本和彦氏の「吼えろペン」がすごすぎるという所から話を始めよう。
昔「帰ってきたウルトラマン」の中で、ある時期に力作が集中し、「11月の傑作群」と称されたことがあるが、吼えろペンも後に「2006年の傑作群」と呼びうる作品が続いている。
よりいいものを時間をかけて作ろう・・・と悩み続ける、寡作アーティストに
駄作で金をもらってこそ本当のプロ!
と言い放ったり、
自身が特別編集長を勤める雑誌で、締め切りを守らない作家たちに業をにやし
「きさまらクズだっ!ちゃんと締め切り守れ!!」
と、自分も含めて批判。あまつさえ、「じゃあ俺らが、彼らそっくりに描こうじゃないか」となってからの見開きページで、台詞の形を取った皮肉と論評は・・・
同じ少年サンデー出身の久米田康治に「まだまだだな若造!本当の業界自虐風刺はこうやるんだ!」といいたいのかと思わせるほどだ。
あんまりすごいので、編集部すら特別インタビューを行って、「最近のお話は、ややタガの外れたパワーがあるのですが・・・」と聞いているぐらいだ(笑)。
ところでこの島本和彦。
いちおうギャグマンガ家に分類されるのだろうが、大のHERO'S気、いやヒーロー好きで、かっこいいアクション・ヒーローものを作りたい!というモチベーションはどこかにずっと保ちつづけている。
漫画家の「系譜」をたどる作業は楽しくあるが、島本和彦の場合、ものすごく太いラインで「石森章太郎の後継者」としてつながっている。いや主観的には。
でも、島本氏はやっぱりそういいつつも、高校生のころからパロディをやっていることもあり、さめた客観性というのも持ち合わせている人だ。
だからこそ逆に「まったく客観性のない思い込みだけでつっ走る主人公」という造形を出来るんだよな、ややこしいが。
実は私、格闘技関係の知人から「これ面白いですよ。ブログを見ていたらたぶん気に入ると思って」と島本氏の、商業誌に発表した以外の作品を的確にもお借りしたことがある。
それは氏の作劇方法についても触れているもので、詳細は省くがその見取り図に関して、私は仮説に自信を持ったということは言っておく。
とまあ、大仰に言う必要もないんですけど、基本的に島本氏の持ちネタというのはかなり古い段階から一貫している。
「漫画の文法では、『これは重要な意味がありますよ』『誰もが納得する正論ですよ』『感動的なシーンですよ』という演出(大ゴマ、見開き、絶叫、背後にフラッシュ・・)で、ごくしょーもないことや瑣末なこと、完全な暴論、エゴ丸出しの発言や行動をさせる」
という話だ。しかし、いくら本質的な変化は少ないとはいえ、このギャグはある意味後継者も出てこないし(笑)、技術的な成熟も加えワンアンドオンリーな存在として、いまだに一線に彼を立たしめている貴重なシロモノだ。
しかし、彼のそういう作品を読むと、ある種の諦観というものも個人的には感じるのであります。すなわち
「昔の特撮ヒーローのような存在は、今やフィクションでは再構築できない。せいぜい生き残るのはパロディ風味を加えたコメディ・・・いや、本質的にパロディじゃないと無理なんじゃないのか?」
ところが、最近のいろいろな試みを考えるとそうでもないんじゃないかと。
(続く。だがいつ、どこに着地するか分からんなぁ)、