悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」グレート東郷 (岩波新書 新赤版 (982))
- 作者: 森達也
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2005/11/18
- メディア: 新書
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稀代の悪役レスラー、グレート東郷の謎を追ったこの作品。書き手はオウム真理教とその後継団体「アレフ」に密着したドキュメンタリー監督・森達也だ。いろいろなところで書評を聞き、売れ行きも好調らしい。
今回読了する前に、断片的な情報で書いた先行エントリがある。
(註:この本はノンフィクションだが、一種の「謎解き」の構成になっている。そのネタバレを好まない人は以下、読むのを避けてください)
■[プロレス][読書][漫画]森達也「グレート東郷」本出版
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20051129#p3
■[読書][映画]森達也「ドキュメンタリーは嘘をつく」
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20050609#p4
再度掲載すると、興味があったのはここ
・・・気になったのが、森氏があたためているという「グレート東郷」についてのドキュメンタリーの骨子だ。
実は、ほぼ同じ内容の漫画を流智美さん原作、画は「Dr.コトー」が大当りした山田貴敏で、6年ほど前に「ビッグコミック」上で読んだ記憶があるのですよ。
ネタバレすると、グレート東郷が、マス大山が憤激するほど「国辱」的である、”悪くて卑怯な日本人”を演じたのは、母親が中国系で日系社会から差別されたための復讐だったというストーリーなのだが、プロレスファンとして聞く東郷の様々なエピソードは、そんな単色系のパーソナリティを感じさせないのだが。
結論をいうと、森達也はこの漫画のこともちゃんと知っていて、内容に組み込んでいました。というか、原作者・流智美は彼の取材に協力し、資料を提供している。ただし、途中から「中国系という話は調べても確信はもてない(補強材料が見つからない)。遺族から訴えられる可能性もあるから書かないほうがいい」と消極的になる、極端に言うと、それこそこの本の中では一種の”悪役”でもある。
・・・改札口に消える流の後姿を見送りながら、テレビ・ドキュメンタリーの提案をしたときはあれほどに協力的だった彼が、一転して消極的になってしまった理由を考えた。アメリカ滞在中に何かがあったのかもしれない。でもおそらく、僕が映像から活字の領域にスイッチしたことは最も大きな要因のひとつだろう。
当然だ。テレビ・ドキュメンタリーならともかく、活字は流の領域だし、東郷の出自をめぐる謎は、彼が発掘した始点なのだ。流を責めることなどできない。無神経なのは僕のほうだ。(P183)
うーむ、これは謙虚なように見えて、「流智美は嫉妬深い、ケチで狭量な男だ」と批判するのと同じ効果を、結果的に生んでいるような気がするのだが。
他人の真意を「推理」するのは自由だし、文句を付けようもないのだが(流だってレスラーインタビューで同じことをやっている)実際、初読では「流智美、器が小さいなぁ」と、彼のファンである私まで思ってしまった。
でも流氏も、別の点で良くないというか。
私も勝手に彼の心を推測すると、まず「東郷の母親は中国人」説を「面白い!」と飛びつき、週プロのコラムやビッグコミックの漫画のネタにしたと。
異なる二人から証言を得ているし、何よりプロレス世界では「事実より真実!」という梶原一騎イズムが支配している。その世界では、十分に通用するし、仲間内の仁義でクレームをつける人がいない。
しかし、「岩波書店」での書籍化となると、もっと確定的な事実に沿った記述で無いといけない。そのレベルの厳密性は、調べても出てこなかった・・・・という、ごく初歩的、根本的な部分なのじゃないか(笑)。それはそれでプロレスマスコミも正しいし、岩波的活字の権威主義も正しいと思う。
ネタバレになるけど、結局森達也氏も「グレート東郷の母親は中国人」説を確定した事実として提示できなかったのだよ。
流智美に勝るとも劣らないプロレスの虚実の語り部、桜井康雄氏にも森氏は取材している。
「ああそれ。よく間違えられる方がいるんですよ」
「真実ではない?」
「違います。僕は東郷のことはよく知ってますから」
「グレート東郷も一時期、異国情緒を出すためにリングコスチュームとして中国服を着ていたこともあるんですよ。そういった情報が錯綜して、中国系と言われたんじゃないかと思いますけどね。彼は日本語をしゃべると、熊本弁が出ましたよ。」
さらに森は取材を続ける。国際プロレスで接点があったグレート草津。
「(グレート東郷は)韓国だよ」
「・・・でも、彼も熊本ですよね。父親は熊本からの移民ですよ」
「だから移民で来たけど、韓国籍だよ」
(略)
「だから、俺は韓国だよって言ったんだよ」
「サラリと?」
「そう、サラリと。俺はコリアだよって」
斉藤文彦(オールスター・キャストだなあ)経由でアメリカのマニア情報。
「母親の名はハツであると書いています」
ある意味、ストーリーとしては当初の組み立てを裏切ったのだが、ここで「差別された中国の血の恨み」といった話ではなく、「ナショナリズムも二重三重に複雑な、プロレスラーの底深さ」というストーリーに変更して一書をものしたのは、森氏のドキュメンタリー取材で鍛えた反射神経のたまものといえようか。
ひとつプロレス寄りの話題として興味を惹かれるのは、上に出てきたグレート草津とルー・テーズの試合(東郷は草津のセコンドだった)。これは「裏切りのバックドロップ」と呼ばれ、別冊宝島で流智美が書いたルー・テーズの告白でほぼ決着がついたと思われたのだが・・・。たしかにミスター高橋本が出た後で考えると「若造に負けるブックは元王者のプライドが許さないから、国際プロレスの吉原功社長の許可を得て、ブック破りのシュートなバックドロップをきめて勝った」というテーズの話は「それですむんやろか?」という疑問をもう一度抱かせる部分もある。
これは「東郷さんが寝とけ(キープ・ステイ・ダウン)と言ったからそのまま寝てた(ダウンのふりをしていた)」という草津の証言とあわせて「プロレスのブックはどこまでの地位の人が事前に知っており、その後どこまでがアドリブ変更可能なのか?」ということを考えたい。
「テレビ局の局員は、インナーサークルに入っているのか?」という部分もあるな。
もうひとつ、「東郷はガメツいと言われているが、それは神話じゃないか?」という視点。これはくしくも昨日(1/18)に発売された週刊ゴングで「ジャイアント馬場の米国修行時代のギャラ」についての記事があった。だれか手元にないかな?
あとでつき合わせてみよう。
<補足>週刊ゴング1109号によると、最初のアメリカ修行時の馬場はNY地区で週8000ドルは楽に稼ぎ、1年8か月で10万ドルを稼ぎ出し、東郷やアトキンスに引かれて2万ドルが手元に残ったという。
さて、森達也氏がいちばん書きたかったであろう、「プロレスとナショナリズム」についてを見てみよう。
(http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20060122#p2に、「完全版」を書きました)