日本推理界に「日常の謎」ムーブメントを起こした筆者の、「円紫さんと私」シリーズにおける長編。
最初に読んだとき、菊池寛の短編の要約があまりにも巧みだったので、ここで引用元をあえて隠して紹介したら、さすがに当てる人がいました。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20040602#p3
これは、大正時代の芥川龍之介、菊池寛の交流を、(実在の)文献をもとに推理する、一種の歴史推理なんだけど、井沢元彦がむりに現実の殺人事件やなんかを並行させて発生させ、完成度を大崩しさせてしまうのとは対照的に、それ一本にしぼったことが成功している。
菊池寛という題材も、単なる一作家ではなく、近代日本が富国強兵からさらに進んで知識的大衆(C;関川夏央)を多数抱えた、現在の日本にダイレクトに通じる社会をうむその時期に居合わせ、というか実際にそれを造るのに立ち会った人として、猪瀬直樹が「マガジン青春譜」や「こころの王国」でスポットを当て始めた。
この推理小説は、それに先駆けた作、という視点で見ることもできる。
しかし、このくだりには笑ったな
主人公
「『真珠婦人』は読みました」(略)
「どうだったね」
「テレビの原作にぴったりの本多と思いました。波乱万丈ドラマが流行っていますけれど、新しく作らなくても『真珠婦人』をやればいいはずです。貴族の衣装なんかをきっちり作って、いい台本でやれば絶対におもしろいでしょう」
「こういってたな。作の良し悪しは別として、自分の書いたもので最後まで残るのは、結局大衆ものだろうって」
そのまんまのことが、昨年実現した。