北見けんいちの昭和トラベラー
北見けんいち
昭和の出来事と暮らしとココロを美麗イラストで飾るエッセイ!!
満州で生まれ、日本に引き揚げ東京で親戚の家を転々とし、ついに母と弟と暮らし始めた北見少年は、日本経済とともに成長し、激動の時代をのんびりと生きていきます。あの頃の昭和の風景と出来事を綴る美麗エッセイ。
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第221回 昭和43年 東京都・新宿区 フジオ・プロ
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銀玉鉄砲合戦を藤子・F・不二雄が怒る(北見けんいち) ……当時のボクの仕事場、フジオ・プロ!……大の大人が集まって、銀玉鉄砲で本気の撃ち合いです!! 子供のおもちゃのプラスチックの鉄砲に、粘土を丸めて素焼きにした銀玉を入れてね。この鉄砲は古谷さんが買ってきて、仕事中だったのにみんな面白がって撃ち合いはじめてもう夢中! そうしたら…「うるさ〜い!いいかげんにしろ!!」って同じフロアで仕事をしていた藤子・F・不二雄先生に怒られちゃいました。藤子・F・不二雄先生って本当に温厚な方なんだよ。そんな優しい先生が本気で怒るくらい…うるさかったんだなぁ。シュンとしたボクたちだったけど、赤塚先生が「じゃあ俺の家でやろう」って言って続きは赤塚先生宅で。その時はもう上機嫌でした(笑)。
いや、だがだが……点と点が、つながる。
これ、子ども心に「なんでこんな唐突に、緻密な撃ち合いっこゲームのルールが決められるの?『おれこんな遊び大好き』『ようちえんのころから夢』って、突然こんなひみつ道具をつかったゲームを提案された時の反応じゃないよな」…と思ってたんだよ。
疑問が解消。
「おれ、こんな遊びだいすき。フジオ・プロの連中が楽しそうにやってるのを仕事しながら横目で見てた時からの夢だった」ってことなんですよ(断言)。
なお、余談だが2026年4月24日夕方の読売新聞夕刊コラムは東海林さだお氏追悼で、彼と親交のあった藤子不二雄A氏のことを存分に語っていた。



