また東村アキコ「まるさんかくしかく」ビッコミ!サイトの無料公開を紹介します。59話
当時の「凧あげ」がテーマ



アメリカの科学力を象徴するものは多々あるが、世界はこの「ゲイラカイト」に驚愕したものだった。
— Gryphon(INVISIBLE暫定的再起動 m-dojo) (@gryphonjapan) March 18, 2026
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自分はこの、ゲイラカイトが登場し、日本の空を席巻した、その時代をかすかに覚えている。
まず前段階として、「昔からの伝統的な凧も、手作り凧の授業もあるが、いまいち上げるのが難しくて不満、諦念があった」という、当時の子供ならだれでも知っていたがあまり言語化されない、そのことを指摘する作者の手腕、観察眼に驚愕する。
ちょっと走れば、無風でもふわりと浮く(日本の凧もそうだろうけど、走る速度と距離の必要性が段違いだった)。

何が凄いって、風の力を利用すれば、糸を付けた、紙?の面積の広いものは高く浮かび上がり、人間は部分的にでも、「空を制する」ことができる……これは多くの文明で、おそらくは自然発生的に生まれた。
いつごろから、どこで「凧」は、広まったのだろう。
たとえばアフガニスタンではすごく一般的な遊びで、みんな夢中になるため、タリバン政権によって凧あげは反イスラムとして禁止されたりしたこともあった。
第二次内戦の末、一九九六年にタリバンが政権を取り、イスラム独裁の恐怖政治を始めた。一九九九年、医師として働いていたホッセイニはタリバンが凧たこ揚あげを禁止したという報道を読んでショックを受けたという。凧揚げは彼のアフガンでの幸福だった子ども時代の思い出そのものだったから。
ホッセイニはカブールで凧揚げをする少年たちの短編小説を書いた。アメリカで同じくアフガニスタン難民の妻との間に一男一女をもうけたことも、アフガンの子どもたちに思いをはせる理由になったという。その短編が『君のためなら~』に成長した。
だから、凧あげの技術や、よく上がる凧づくりは、世界的な「知恵比べ」だった。
自分は「こち亀」でしか存在をしらないが、1970年代に「立体だこ」というのがちょっと流行ったらしい。
utanatupoketoissyo.hatenablog.jp

【こち亀】8巻66話『立体ダコ!の巻』 凧揚げ大会に向けて作った自信作「両津号」の試験飛行をしたところ可哀想なくらい落ち続けるが、中川の提案でタコの名前を「インフレ日本円」に変えたら3000mクラスの異様な上がり方を見せる。
— 赤松 (@akmk2) November 16, 2014
なんとも奇妙な構造だが、
これも流体力学的に、いろいろ考えられていて、揚がったことはまちがいない。
だが、伝統の凧や、こういうSF的な立体だことも競争し……
そこで、ゲイラカイトは勝利した。
ゲイラカイト(Gayla Kite)は、アメリカ合衆国のゲイラインダストリ-ズ(英語版)が製造する凧の日本での商品名。
概要
凧の概念を覆す斬新なデザインと高性能な飛行機能が評判を呼び、1970年代の日本で大ブームを巻き起こした[1]。材質はビニールとプラスティック、形状は三角形の「ロガロ翼」[1]。
「ロガロ翼」の発明者フランシス・ロガロがNASAの前身NACAに所属した経験があるため、日本では「NASAの元技術者が開発」と謳われた[1]。
種類は白地に黒縁の目の「Sky Spy」、黒地に赤縁の目の「Baby Bat」、鷲が描かれた「Fantazma Gordo」などがある。
1974年、安治川鉄工建設株式会社(当時)の子会社、株式会社AGがアメリカより輸入し、ソニープラザ等で販売.親会社の安治川鉄工株式会社が、2004年 民事再生の手続きに入る前の2003年に、株式会社タカラ(現在のタカラトミー)に株式譲渡。2010年代からはカワダ傘下の株式会社あおぞらが輸入・販売している。[
だれだよフランシス・ロガロって、って思うじゃろ?
ja.wikipedia.org
フランシス・メルビン・ロガロ(Francis Melvin Rogallo、1912年1月27日 – 2009年9月1日)はアメリカ合衆国の発明家である。機体の剛性確保や操縦性、組み立て易さなどを特徴とするデルタ型の「ロガロ翼」の発明者である[1]。ロガロ翼は現代のハンググライダーに進化して用いられている[2]。カリフォルニア州のサンガーに生まれた。1935年にスタンフォード大学の航空工学部を卒業し、1936年からアメリカ航空諮問委員会 (NACA)の風洞部門で働いた。1948年に妻とともにフレキシブルな構造の凧の特許を得た[3]。もともとは安価な飛行機の翼として用いる目的で発明された[4]。その後6年にわたって、政府や工業会の関心をひこうと努力し、コネチカット州の会社に製造のライセンスを与えた。デュポン社がマイラーの開発を発表すると、この材料がロガロ翼の材料として最適であることを知った。5ドルでフレックスカイトという玩具を作り、売り出した。これは徐々に売れるようになった[2]。
人工衛星が打ち上げられるようになるとアメリカ航空宇宙局(NASA)が注目し、パラウィングの名で有人宇宙カプセルの帰還システムとしての評価の実験を始めた[5]。1960年までにジープを降下させる実験に成功し、いろいろな形やサイズのロガロ翼が実験された。チャールズ・リチャーズによって体重移動によって、操縦するカイト・グライダーが設計され、その後スカイスポーツとして様々に普及することとなった[2]。結局、宇宙カプセルの帰還システムとしてはNASAは採用しなかったが、ライト・プレーンの翼や凧の形状としてロガロ翼は世界中で使われるようになった[6]。
「ロガロ翼」なるデルタの翼に名前を残し、現在もハンググライダーはこれ。
ゲイラ・カイトはその発見のほんの余技を、子どもたちに与えてくれたものだった!!!
www.aozorapark.jp
風を受けて、みるみる高くあがるゲイラカイト。
青い空の気持ちよさ、風の心地よさ、子どもたちに教えてあげてください。
風さえあれば誰にでも簡単に高くあげられ、どこでも目立つ目玉のデザインは、30 年以上経った今も不動の人気商品です。ブーム当時に子どもだったパパやママが、今度は子どもと一緒に楽しんでくれています。
なんか、話が壮大になってきたぞ!!
「発明者フランシス・ロガロがNASAの前身NACAに所属した経験があるため、日本では「NASAの元技術者が開発」と謳われた」
このへんが先駆けとなって、「NASAが開発」は新商品の(怪しげな)由来効能を強調するミームとなり、ビートたけしが、バラエティ番組のしょぼい小道具を「これがNASAで開発された…」とやって笑いを取るのにもつながっていったんでしょうな。
なぜに、あんなにゲイラ・カイトは高く飛ぶのか。
どのような流体力学、航空工学の知見が生かされたのか。
判らないまま、自分たちはこれを生み出すアメリカの科学力に驚嘆した!!!
ただ!冒頭に戻って、今回の「まるさんかくしかく」では、そのアメリカの科学力が、物量が
地元に根付いた、その地域の、民衆、庶民の「知恵」によって、その上を行かれる、という実に寓話的な話である。

「まるさんかくしかく」は1980年代の話だが、いま、2026年こそアメリカの、白い家に住んでいる住民一人にでも読んでもらうべき話かもしれない



