全部埋め込むのは手間かかるので冒頭ひとつを埋め込んで以下コピペにしたが、途中のリンクも必要だな…あとで紹介
今週、大バズリした(公共)図書館での自習問題
— 書物蔵C106受理! 『立ち読みの歴史』を魂の双子が出したよ (@shomotsubugyo) May 29, 2025
一般人のこの人や、日本館界史を知らないサエボウ氏が、善意で自習擁護なのはよいとして(わちきも擁護派ではある)
1970年代の前川恒雄らの貸出経営の大成功(裏で自習は明確に締め出した)を噛ませないと、不毛な論争になっちゃう
けどいい本が https://t.co/TSDhALWXb3
とりあえず、10年前の新出(あたらし・いずる)氏のメモがネットでいちばんいいかと思うが、
synodos.jp
学生の自習と公共図書館/新出 - SYNODOS
「図書館で自習はダメ? 論争再燃 『居眠りは許されるのに』『一般の利用者の妨げ』」(産経新聞 2016.2.20)では、大阪市立図書館の24館がすべて自習を禁止していることを受け、一般の利用者から席がないと苦情が入る一方...
16年前にわちきも、自習問題を書いているように、この問題は5,6年に一度、みんなが忘れたことに、
とんでもない!
という形で吹き上がってきたんだわさ
shomotsugura.hatenablog.comから
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ところが、この問題、
最近〔1980年ごろ〕の市町村立図書館は本来的機能〔貸出しやレファレンス〕を重視し、席を全くかあるいは少しししか設けない所が多くなってきたので、このような問題にはあまり悩まされなくなってきた。
(『図書館用語辞典』p.185)と業界内では一度解決済みになっちゃってた
席借りが問題になっていたのは、神保町のオタがかなり前に明らかにしたように明治30年代からだったわけだけれど、その利用構造はずっと続いて、1970年代の前川御大らによる貸出経営による革新までほとんど変わらなかったんだわさ
今、古い(といっても1980年代くらいの)司書課程で自明とされた、
自習禁止当たり前論と、
いまの一般人の、
自習できて当たり前論が
ぶつかっているわけなので、1970年代の貸出改革(貸し出せは閲覧席は要らぬが道理)をセットで論じないと、
なにも見えなくなっちゃうだってどっちも「当たり前」だと思っているから
明治から同じで許可禁止のシーソーだ説を見たけど、かなりちがう
まず明治初期府県「書籍館」なるもののブームがあったが、これは顧客を捕まえられずにほぼ全滅した
明治30年代にリブートしたのが府県立図書館で、それらは、社会教育、つまり学校教育の補完を任じることで学生という顧客をつかまえた
もちろんアメリカ的な市民の調べ物を〜ってな動きも少しあったけど、大阪府立などほんの少し
(『公共図書館の冒険』を参照)で、これが1970年代まで続いちゃう。
ここで出てくるのが前川御大の貸出中心経営。
これで実際に新しい顧客を捕まえることに図書館が成功する。主婦と子どもね。
主婦と子どもで票になる箱物となった図書館は劇的に普及していく。
で、主婦と子どもを顧客にするために取ったのが、自習禁止、というか禁止もなにも閲覧室や閲覧席を置かないアーキテクチャ政策だったわけ。
当時の館界中央はこれで禁止なんぞせんでも悩まずにすむと思っていたら、
そもそも貸出中心が飽和する一方、「場所としての図書館」も大切なのでは、ということになり、中央で70年代の総括しないまま現場が困っている、という図式。
つまり話は70年代からの問題ね。