シルバーマウンテン 藤田和日郎
天狗に攫われ、〈仙境〉に行ったという童子。 その口から語られるは、信じ難い世界の実在── 希う者達は、〈武〉の極致へと駆け登る。 藤田和日郎が送る、巨編幻想譚!
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雑感、と言いながら、感想を書くのは一休みして、夜が明けたら以降。
ただ、藤田作品の舞台装置となっている「仙境異聞」「平田篤胤」に関しては数年前(2018年前後)にネットで話題になり、本が再版されたり……いくつかまとめもできている
togetter.com
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ということをお知らせしときます
これがネットの力で古本価格6万円に高騰、復刊した文庫本だ!
そして、そのとき人気を当て込んで新刊もバンバン出た、と今知った!!
※これなんか定価180円だぜ
その他
=====このあと、続く予定。しばしお待ちを=========
========再開===============
平田篤胤、という男。その功罪の、大きいことよ。

てな感じで登場するわけだが……この「寅吉」が、まあ異世界転生(とはちょっと違うけど)の人格があり、その回想録の聞き手になる…という趣向でいいんだろうか。
平田篤胤、という名前はふつうに中学レベルでの日本史に登場するんだっけかな。
ウィキペディアは…改めて読むと、知らない情報も多く面白い。
ja.wikipedia.org
ざっくり要約すると
・凄く真面目で誠実博学、学問に一心に打ちこんだ
・代表的国学者であるが、国学に”ハマる”のは比較的後年で、それまでは蘭学なども学び、西洋の知識がかなり豊富であった。
・だがなんというのかな……真面目で博学なんだけど、牽強付会にその博学を利用するというのかな。寅吉の仙境ばなしを、めちゃくちゃ真面目に聞いて記録、考察してるという一件でも解るんだけど…
・俺的な解釈すれば、要はその豊富な知識を、稚拙な大ウソを聞いた時に…寅吉が「仙境はAだったんだよ!」と嘘を言ったら「そうか!Aか…そういえば蘭学ではXXXXという話があったな。賀茂真淵先生は○○○論を唱えていたな。…それは、Aの証明なのではあるまいか??」みたいな、一見合理的な解釈と設定強化のために総動員するんだよな(笑)。解釈厨、考察厨、設定厨の親玉だ。
「公式が間違ってるだけ」ぐらいのことも平気で言うし。

・そもそも、平田篤胤を語る時「歴史の教科書にも載っている人だが……」より分かりやすい紹介文がある。「水木しげるが強い興味を持ち伝記漫画を描いたような人だが…」なんだよ(笑)。フハッ。
神秘家といわれる人びとの半生を、天才・水木しげるが描く好評シリーズ第三弾。今回登場するのは、出口王仁三郎、役小角、井上円了、平田篤胤。世のフシギを追究した異人たちの姿がよみがえる! 神秘家列伝 其ノ参 水木しげるが平田篤胤と寅吉描く
両先生とも、見てきたように描くなあ(笑) まさにこんなふうに、学識者が大真面目に子供の虚言、ホラ話を記録する中で、おそらく篤胤が自分の学識でかなり体系化、合理化したが故に説得力を増した、という部分があると思うゼ。
・そして、このたぐいまれな学識力、合理化力、思い込み力によって……国学というか神道を、自己流解釈=教義に基づいて再編成し、ある意味で「平田篤胤教」にしたのだった。
その時、かつて習い覚えた西洋の知識、合理的な科学・地理的情報プラス、キリスト教的な世界観を吸収し・・・・・・しかも本地垂迹じゃないが「日本のそれこそが元祖、大本で、それに西洋や中国やインドが追随したのじゃ」的な強引な読み替えをしまくる。
・ウィキペディアにも書いてあるが、この人は本居宣長から学んだ弟子、門人だと宣言するが、生涯一面識もなく「夢で門人になることを許された」と公言した。そのくせ、オリジナル設定・ぼくの考察を付け加えまくりだし(笑)本居の門下生や後継者はこの”厄介ファン”をどう遇するかで、かなり議論が対立したんだが、結局うやむやに「まあ門人というなら…門人かね」「いや、ちゃうやろ。というか解釈の違うわしらの論敵じゃ」みたいな話で…
古伝の空白箇所を埋めるために、天地開闢は万国共通であるはずだという理由から諸外国の古伝説にも視野を広げた[10]。篤胤の関心は、古伝説によって宇宙の生成という事実を解明し、幽冥界の事実を明らかにしていくことにあったが、漢意の排除と文献学的・考証学的手法の徹底を旨としてきた本居派からすれば、篤胤の手法は邪道そのものであり、逸脱と解釈された[10][12]。しかし、篤胤はそもそも古代研究を自己目的にしていたのではなく[4]、自身も含めた近世後期を生きる当時の日本人にとって神のあるべき姿と魂の行方を模索し、それに必要な神学を構築するために『古事記』『日本書紀』などの古典および各社にのこる祝詞を利用していた[4]。『霊能真柱』は篤胤にとって分岐点ともいえる重要な書物だったが、本居派の門人達は、この著作の幽冥観についての論考が亡き宣長を冒涜するものとして憤慨し、篤胤を「山師」と非難したため、篤胤は伊勢松阪の鈴屋とはしだいに疎遠になっていった。
篤胤の鈴屋訪問の報は、鈴屋の門人たちのあいだで篤胤をどう迎えるかの対立を生んだ。篤胤に好意的な『三大考』の著者服部中庸は篤胤こそ後継者に相応しく、どの門人も篤胤には及ばないとまで語ったといわれるが、多くの門人は露骨に篤胤を無視し、あるいは排斥した[10]。その代表が京都の城戸千楯や大坂の村田春門である。かれらは篤胤が古伝に恣意的な解釈をほどこしていると批判し、城戸は篤胤来訪の妨害までしている。篤胤は京都で服部中庸を含む本居派門人と交流の機会を得ており、門人たちは篤胤に関する批評の手紙を、和歌山の本居宗家の本居大平に送った。大平が整理したこれら篤胤批評は、やがて人手を介して写本が篤胤に伝わり、のちに平田銕胤が論評と補遺を加えて『毀誉相半書』という名で出版した。
鈴屋一門の後継者本居大平は、『三大考』をめぐる論争で篤胤に厳しく批判されていたが、門人の一人として篤胤をもてなすこととした。訪問に先立って篤胤が送った「武蔵野に漏れ落ちてあれど今更に より来し子をも哀とは見よ」という歌に対し、大平は「人のつらかむばかりものいひし人 けふあひみればにくゝしもあらず」と返している。両者の会談は友好的な雰囲気で行われ、篤胤はこのとき宣長の霊碑の1つを大平より与えられた
・結果、真に合理主義的思考をする片山松斎らから突っ込まれるのだが
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しかしそれでも、この言葉に尽きる。
「歴史のダイナミズムは却って篤胤の強引・片頗な解釈を、時代の牽引車として位置づける動きを示した」
・宗教的熱狂というか情熱というか、キン肉マンは矛盾だらけだからこそ勢いがある、みたいな話というか…(笑)同時に、平田篤胤が「すべての学問を学びたいという人に開かれた学び舎(私塾)」をつくるといったオープンマインドの誠実さ、優しさがあり、それもあって、平田の学問や世界観は「地方の誠実で向学心に富んで、ついでに思い込みと宗教的情熱が激しい」人々のネットワークを自動的にこしらえることになった。それが幕末に、どれほどの力になったことか…
・何しろ、たった5人ぐらいで「大塩平八郎の乱」を再現しようとした生田万が平田篤胤門下生だった。
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…篤胤の二大高弟の一人として平田塾(気吹舎)の塾頭を務め、篤胤に「後をつぐものは国秀」と将来を嘱望された[3][4][5]。
万は、生来慷慨の風があり、敬神尊王の志もすこぶる厚く、幕政批判の言動も見え始めたので、篤胤はこれを危ぶんで帰藩を勧めた…越後国柏崎へ移り、桜園塾を開き、国学を講じた[3][注釈 1]。越後では貧民に食糧を与えるなどして人望を集めた[3]。
天保の大飢饉の発生にともない、天保8年(1837年)2月に大坂で大塩平八郎らが「救民」を掲げて武装蜂起した(大塩平八郎の乱)。これに呼応する一揆や武装蜂起が各地で起こった[3]。大塩の乱に影響を受けた生田もまた、飢饉で苦しむ民衆を座視できず、同年6月に数名の同志を集めて「奉天命誅国賊」の旗を掲げて蜂起、米の津出(つだし)を図る桑名藩の陣屋を同志とともに襲撃した(生田万の乱)[3][5]。平田の門人ながら、蜂起の際には「大塩門人」を称し、大塩党であることを表明した。乱は不成功に終わり、負傷して自刃した[5]。
風雲児たち 生田万 画像は無印「風雲児たち」14巻より
~ここから史実としての平田篤胤でなく、作品のほうに戻る
・これはまったくフィクションの話で、平田ではなく「藤田和日郎」流のヒーロー像の描き方なのだろうが、
ぜんぜん刀がダメな武力ゼロの平田篤胤だが、まったく躊躇もなくナチュラルに、「子供を守るために、自分が悪と対決し犠牲になる」ことを受け入れ、実行しようとする…という事を描く。
まったくオリジナリティに飛んだ描写、とかではなく「時々、みかけるパターンだよね」といえばパターンだけど、いかにも藤田和日郎!
であるし、平田篤胤の実際の人物像が反映された部分がないとも言えない、と思うのは上記のいろんな話から分かると思う。


作品中、どうも寅吉は、この現代日本の老いた超絶に強い武道家が”前世”らしく、彼が若返って寅吉になったし、世界経由で江戸後期に行ったって感じらしいが、
その現代日本での武道家のたたずまいがすばらしい。
とくに、いい年してその武道家にはライバルがいて、いい歳で果し合いだなんだと言ってる、という設定がすばらしくてね…

むしろ、この設定…
「令和の世の老武道家、一人は市井に棲む孤高の人、一人は大組織の道場・流派の総帥。だが二人には因縁があり、いい歳して決闘だ、やんねーよと腐れ縁…」という、この世界観だけで物語を描いてほしかった、そういう惜しさを感じたりもしている。

島本和彦の作品を語る余裕がなくなった!!
吸血鬼関係の読み切り、この前ビッグコミックで書いてたな・・・・・
そんで、アイドルだ。最近、アイドルという仕事への解像度が社会全体で高くなったせいかどうか、アイドルをテーマにした作品って増えてる気がする。気がするじゃないな、絶対に増えてる。おれがあんまり興味ないだけで。
で、まあ今回も、アイドル漫画としての興味は、個人的にはそれ相応にしかない…オブラートに包んだが、要はあんまり興味ない(笑)
だが!そのアイドルが吸血鬼(になった)!というなら、それは『すこし・ふしぎ』だ。
島本氏は藤子・F・不二雄の系譜でなく、石ノ森章太郎の血脈を受け継いでいる…というか意図的にその系譜に連なろうとしてたしな(笑、アオイホノオでその計略の一部始終が描かれてる)!だが!!それでも「すこし・ふしぎ」だ。
そういう点で期待しておきます
あと、この場面。

さっそく同一作者のクロスオーバーなので、これをコレクションしておきます
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