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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

1985年日航機事故時のニュース報道、木村太郎氏の著書の回想が生々しい。(※断裁スキャン資料庫からお蔵出し)


これに、こうレスポンスした。


この本の紹介なのだ


午後七時、いつものようにサンドウィッチをつまみながらニュースの画面を見るともなく眺めていると、誰かが足早に小屋(※木村キャスターが待機する、仮眠なども可能な部屋をこう呼んでいる。)に近づいて気忙しくドアをノックした。
JALがいなくなりました。七時のニュース)のケツに突っ込みます」
声の主はドアも開けずにそれだけいうと、また急いで遠ざかる足音だけが聞こえた。(いなくなった?どういうことなんだ)机の上のテレビのボリュームを上げると、松平定知アナウンサーがちょうどその原稿を読むところだった。
運輸省に入った連絡によりますと、今夜羽田を発って大阪に向かった日本航空のジャンボ機がレーダーから姿を消し行方不明になっています。繰り返します――」
松平アナウンサーが二回繰り返したところで、七時のニュースのエンド・タイトルが出た。(レーダーから機影が消えたのならこれは本物だ。落ちたのは相模湾だろうか。ジャンボ機が落ちたのは初めてじゃあないだろうか。お盆の帰省客で満員だったに違いない。当然特別番組をすぐ始めなければならないのだろうが、なにも情報がないときに、どう番組をころがしていこうか。
手が目の前の電話にのびて〇四二三……東京多摩市の市外局番をまわしていった。
「--柳田(※大型事故取材に強いノンフィクション作家で、元NHK記者の柳田邦男のこと)です」
「木村です。JALがどうもやったみたいなのですが・・・・・・」
「ウン、さっき社会部のY君から聞いた。それでどうなの。やはり落ちたの」
「ええ、レーダーから消えた、といっていますので、所沢(東京航空管制部)のレーダーが見失ったとすればダメな公算が大きいと思います。そこでお願いなんですが、大至急、車を呼んでこちらに向かって来て頂きたいのです。十中八九、トクバン(特別番組)になると思いますので
「わかった。必要な資料を持って行こう」


柳田邦男さんにはNHKの社会部記者時代に遊軍のキャップとして仕え、特に函館横津岳のばんだい号墜落事件以来いくどとなく航空機事故を一緒に取材し、教えを受けてきた。氏がフリーになったあとも『ニュースセンター9時』に頻繁に出演してもらっていた。この人がきてくれるのなら、どんな事態になっても対応してもらえるし、なにより気心が知れているので何時間の特別番組を組んでも対応できる自信があった。そうなったら現金なもので早く番組を始めるべきだと思い出した。テレビでは『NHK特集』が始まっていたが、中断するのは時間の問題だった。不遜のようだが、その番組のキャスターをするのは私しかいないと思った。いつもは一階の美部まで顔を塗ってもらいにいくのを、この日は係の女性に五一〇スタジオまできてもらった。一時もスタジオを留守にしたくなかったのだ。背広も本番用に持ってきたものと着替えて、さっさとキャスター席に座って、何時でも特別番組が始められる体制をとった。
「七時五〇分にダン(中断)しようと思いますが、対応できますか。一度ダンしてしまったら通常編成には戻れないですから、なにがなんでも九時までは頑張って貰わなければならないのです...............」
この日のニュースの責任者である担当部長がやってきて念を押した。
「大丈夫ですよ。それより早く始めましょう」
こう見栄を切ったものの、私の手元には松平アナウンサーが読んだニュースに多少詳しい情報を付け加えた四五秒程度の原稿しかない。柳田さんが着くのは早くても九時ごろだろう。それまではなんとしても頑張らなければならない。NHKのテレビの画面から『NHK特集』が消え私の姿が映るまでに、それほど時間はかからなかった。
「ここで番組を中断してニュースをお伝えします。今夜羽田を発った日本航空一二三便のジャンボジェット機が―――」


あっという間に四五秒が過ぎてしまった。繰り返して伝えたあと、他の人間にも責任を分担してもらうことにする。
「ではここで社会部からお伝えします」

「社会部です。今の情報に付け加えることは入っていませんが、繰り返しお伝えしましょう。今夜羽田を発った――」
こうして社会部との間でキャッチボールをするように交代で伝えていく内に、新しい情報も入り出してニュースが膨らんでいった。羽田から大阪へ向かうルートからみて、行方不明になったのは相模湾駿河湾海上だと思っていたのに、思わぬ方角から情報が入り出した。長野県の山中に飛行機が墜落したらしいというのだ。


「では長野放送局からお伝えします」
「長野です。今夜長野県警察本部に入った連絡によれば、群馬県との県境に近い南佐久郡北相木村のぶどう峠で―――」
長野局のNデスクが伝え出した。私とは同期に入社した親友でもある。(しめた、このNは確小諸の出身だったはずだ。現場付近は裏庭同然に知っているだろう)
「Nさん、現場の山はどんな地形なのでしょう」
「山は比較的なだらかですが、沢が深く、またカラマツに覆われていて現場に入るのはかなり困難をともなうかもしれません」(ほら、何を聞いても大丈夫だ)
「で、山の高さはどのくらいなんですか」
「えぇー、ちょっと正確には今記憶していないのですが...」(頼りにしすぎて深追いしてしまったようだ。許せよN)



羽田の日本航空オペレーションセンターには対策本部が設置され、第一回目の記者会見が八時半すぎに行われたが新しい情報は出ない。何よりも乗客の氏名が知りたいところだが発表はない。あっという間に時間が過ぎていき、本来『ニュースセンター9時』が始まる時間を迎えた。「『ニュースセンター9時』の時間ですが、このまま日本航空機関係のニュースを続けます。すでに問題の一二三便が羽田を出発して三時間がたちます―」
これまでの情報を整理して伝えていると、スタジオに柳田さんが到着した。このとき耳に入れIFB(イヤホーン)を通じて、名簿が大阪で発表されたと連絡があった。大阪の中継に切り「大阪空港です。さきほど乗客名簿の発表があり、そのコピーがご覧のように貼り出されました」


カメラが貼り出された名簿のカタカナの名前を上から下へと映し出していくが、読みづらい。「Aさん、すみませんがカメラで映しながら、名簿をアタマから読み上げてくれませんか」
現場のAアナウンサーが声を出して名簿の名前を読み上げ始めた。この間柳田さんと打ち合わせをしたかったのだが、すぐにAアナウンサーが呼んできた。
「これが一枚目ですが、木村さん、続けますか」
「続けてください」
柳田さんはもう少し情報が入るまで待ってから出演したいという。番組をころがす材料に困っていた私としては、一刻も早く参加して助けてもらいたいところだが、柳田さんという人が納得しないでモノを喋る人でないこともよく知っていたので、まず存分に情報を集めてもらうことにする。この間Aアナウンサーは四枚目の名簿を読み上げていたが、それが終わったところでもう一度尋ねてきた。
「木村さん、まだ続けますか」
「お願いします」
Aアナウンサー、再び読みにくいカタカナ書きの名簿と取り組み始めたが、しばらくして読むのを止めた。
「いま対策本部長の記者会見が始まりますので、中断したいと思います」
「Aさん、実は今皆さんが知りたいのは名簿だと思うのですが、そこで声を出して読み続けると会見の邪魔になりますか。できたら続けて伝えてもらいたいのですが」
Aアナウンサーは名簿を続けて読み始めた。
この時のAアナウンサーの「続けますか」という問いに対して、後日批判めいた論調があった。しかし、これは彼のミスではないのだ。Aアナウンサーは出先の現場で取材する立場にあったため、情報の全体像が見えない位置にあった。その状況でカタカナ書きの読みにくいコピーの……

木村太郎 ニュースへの挑戦 日航機事故


長々と紹介してしまったが、だってこの本、いま実際に手に取って読むってこと、実質的には超困難じゃん?だから、まぁ、ね……
そして日航機航空事故は、なんかわけのわかんない陰謀論がいまだに続いているし。その点でも。


それが客観的に正しい評価かどうかはともかく、事実として1985年、ブラウン管(なのだよ当時は)の前に釘付けだった視聴者の前で繰り広げられた「記者会見に切り替えます」「いや、一番重要なのは乗客名簿です、そのまま続けて」というやりとりがジャーナリズムの鏡、理想と報じられ、木村太郎の名声を確固たるものにした。そもそも木村太郎の前は「アナウンサー」がスタジオの中心に位置し番組を仕切るのが普通で「記者が番組を仕切る」のは初の試み。この判断も「ジャーナリストがキャスターだから出来た」と言われ、その後、記者がニュース番組の司会をする流れを作った。


そして今では、TVメディアも経験を積んでいるし、手段も多彩なので見えにくくすることに成功しているが、80年代のテレビは、大ニュースを受けた特番ともなると、舞台裏を映さないようにするという配慮などしている場合ではなくなっていて、今よりずっと、同時進行のぶっつけ本番性が高く、それが画面に映っていた。そういう意味があったことは、木村太郎氏もこのあとで書いている。


個人的な話。この本「断裁スキャン」したから捨てずに済んだ。

まったく個人的な話だが、上で紹介したページ画面なかなかきれいでしょ?これ、業者に頼んで裁断スキャンしたのだ。
それほど大事にしてるか、というとさにあらず。これは書庫を見渡した時、
「まぁ以前読んだ本だけど、それほど高い評価もしてないし(自慢話っぽい)、だから再読もしないだろう」
と思った本なんだ。ただ、ほんのちょっとだけ…
「うーん、捨てる、というのももったいないな」と感じた。いわばまさに、「鶏肋(鶏のあばら骨)」だったのだ。
三国志にも出てくる故事…鶏のあばら骨は食べる肉が実際に無い…けど、しゃぶれば味が出るので捨てるに惜しい、だから扱いに困る、というやつ。

鶏肋


だもので、これを断裁スキャンした。というのは、やはり老害は、貴重で愛着ある本を業者にあずけて、断裁してデータを受け取る、実物は破棄される、というのは躊躇する。「矢がもったいないから、弓矢よりアイルランド兵を出せ」のノリで、事故があっても惜しくない「鶏肋蔵書」をスキャンし、物理的なスペース負担はゼロになった。


だから今、皆さんにこの情報をシェアできる……すばらしいから、もっと断裁しよう、スキャンしよう!となるには、まだまだ躊躇する精神的なハードルは高いけど。今回その効果を実感したというメモ