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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

道頓堀は「大仁田殺し」「火星人殺し」とも呼ばれる…その危険があぶない。




大仁田の道頓堀ダイブ(その後、敗血症で死の一歩手前に)

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「最初はへんとう炎だったが、敗血症になった。急に危篤になって、危ないからと両親が呼ばれたんだ。いま敗血症は死亡確率が40%とか言われているけど、その頃は70%死ぬって言われてたんだ。本当に危なかったんだ」

 23日には長崎から母・きぬゑさんら家族が駆け付けた。ICUで24時間態勢の看護を受けた大仁田は、熱の上昇を収めるため氷漬けの状態。10人を超える医師が懸命の治療を続けたが、回復の兆しはなかった。

「いろんな抗生剤を投入したけど、良くならない。いろいろ探してもらって東京から特別な抗生剤を取り入れてもらった。これが効かなかったら死ぬ。それが効いて良くなったんだ」。地元鹿児島の新聞社では〝大仁田死亡〟の想定原稿を用意していたともいわれ、まさに死の淵をさまよっていたのだ。
(略)

 ハッキリと目覚めたのが3月1日。だが、ここでも危険が待ち受けていた。点滴を全身に7、8本打っていた大仁田は蘇生して起き上がった勢いで、すべての点滴を抜いてしまったという。

「その時にたまたま宿直だった医師がその道の専門家だった。それですぐに対処できて助かったんだよ。俺は奇跡が重なり合って生き延びたんだよ」

 (略)
大仁田が危険な状態に陥った原因のひとつとして挙げられているのは〝道頓堀ダイブ〟だ。前年92年12月10日の大阪大会で行われたタッグリーグ勝戦に勝った大仁田は、ミナミを流れる道頓堀に歓喜のダイブを決め、大騒ぎした。

「俺も原因はそれしかないって思ってるよ。大流血のまま飛び込んだから、傷口にばい菌が入ったんだよ。それから2日くらい高熱にうなされた。当時は風邪だと思って気にしてなかったんだけどね。バチが当たったんじゃないかな」

 と言いつつも大仁田は20年後の2013年2月に大阪で横綱・曙と電流爆破マッチを行う際「負けたら道頓堀に飛び込む」と高らかに宣言。まったく懲りない男だが、これを知った大阪府警からじかに電話で「飛び込んだら捕まえますから」と通達され、ダイブを断念したという。





余談