升田幸三は、自分にとっては本物より、それをモデルにした「月下の棋士」の彼…「刈田升三」のほうがなじみ深い。
まぁそれはそれとして、将棋業界で長く活動し、彼らの評伝や逸話集などが読まれている大崎善生氏のエッセイから、面白かった部分を引用。
天才か変人か。とにかく棋士は半端じゃない。電線にとまる雀の数を瞬時に当てる、一秒間に一億三手読めるなど伝説は枚挙に暇(いとま)ない。名人たちの奇抜な行動に目をみはり、本を一冊しか読んだことがない専門誌の編集者に打ちのめされる。非凡で強靱な情熱を傾ける人びとを描き出す、笑いと感動の初エッセイ!
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ここに「升田幸三伝説」という一篇がある。
羽生・谷川将棋を升田に解説してもらったことがある。よろよろと現れた老升田はバンの前に座り、細かい解説は一切せずに、ぎょろりと目を光らせてこう言い放った。「谷川、羽生 未だなり」
升田には風変わりな特技がいくつかあった。その中の有名なものに、電線に止まったスズメの数を瞬時にして数えるというのがある。本人に言わせれば、風景を写真のように記憶しているのだからそれは雑作もないことです、 ということなのだそうである。
ある後輩棋士と道を歩いている時、升田は電線を指さして言った。
「49羽」
「えっ?」と 後輩が聞くと、怒ったような目で睨みながらもう一度こう言った 。
「49羽じゃ」
これが、升田のスズメ数え伝説の真相だという噂もある。升田が49羽といえば、それに逆らえる者はいない。しかも電線から飛び立ったスズメの数を気にしながら生きている人間なんかそうはいないのだから。
「28羽」と升田はすかさず次の電線を指差す。
「ハハア」とひれ伏す後輩。
升田が28羽といえば28羽。そしてここに一つの伝説が誕生するのである 。
おもしろいね。
偉人の逸話集、伝説物語はたくさんあるけど、そのうちのいくつかは、こういう「自己劇化」のなせるわざであろう。司馬遼太郎も、乃木希典や、あと誰だったかな、そういう、自分で自分を演出するという才能と指向を指摘していた。これは決して悪いことではないし、それによって人の世とは潤いを持つものだ。というか、無名の人間だって、「自分のキャラ」に合わせて、自分はこうふるまわなければならない、ということはあるし、ことによるとそういう傾向は強まっているのかもしれない。
ちなみにこれを書いた大崎善生さんは将棋会館の職員時代、升田の事務写真を撮影することになり、うっかり「5、6枚ほど」と言ってしまったために、シャッター枚数を数えられて「お前11枚も撮ったな」と言われたそうな。
ただ「昔どっかの田舎もんのカメラマンが写真を撮りに来て、バケツ何杯もフラッシュを詰め込んで撮りおる。田舎もんは限度というものを知らないからいけない。それと比べると君なんかいい方じゃ」と寛容だったらしい。
大崎氏は升田が逝去し、雑誌「将棋世界」で追悼号を編むときになって、その「田舎もんのカメラマン」が土門拳であることを知ったのだという。
これはまた、別のリアルな伝説。
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