INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

コールマンはPRIDE.5(高田延彦戦)当日、高島学氏に「試合がフェイク」だと自白していた件(柳澤健「2000年の桜庭和志」より)

まずは動画で、歴史的快挙の場面をごらんください

 

 

 

おお、すごい!

高田延彦ヒクソン・グレイシーには二度も敗れたとはいえ、この翌年に猛者ぞろいの第1回PRIDE-GPで頂点に立ち、UFC、PRIDE両方の王者になったマーク・コールマンに関節技で一本勝ちしているんですぜ!!

はっきりいって、日本人ではごく少数の人しか成し遂げていない快挙。MMAルールでのUFCヘビー級王者からの勝利は、ひょっとして高田延彦ひとりをもって空前とし、今なお絶後とす???(※今思い出せば、マークケアーに勝った藤田和之やヤマヨシいたね)

 

ならば彼を語るときには、「ヒクソンに敗れた男」ではなく「コールマンに勝った男」とのキャッチフレーズになるべきではないか?謙虚な男よ…

 

とかなんとか

言っててもしょうがないので

本題に。

 

 

ここでおなじみに連載中の柳澤健「2000年の桜庭和志」で、古参ファンには、うーむという話をしているいるいる。

 

 

専門家の予想は、圧倒的にコールマン有利、実際、第1ラウンドはコールマンが高田を圧倒した。

だが第2ラウンドに入ると、コールマンの勢いは急速に衰え、結局1分44秒、高田がヒールホールドで一本勝ちを収めた。世界的な強豪から見事な逆転勝利を収めたことで高田延彦ヒクソングレイシーに連敗したショックを脱し、 MMA の最前線に躍り出たーわけでは全くなかった。

高田とコールマンの試合は、あらかじめ結末が決められた試合だったからである。(103P)

 

「高田とコールマンの試合は、あらかじめ結末が決められた試合だった」

 

断言しおったわい……。違ってたら、訴訟ものだぞ。

【追記】いうまでもないが、その後単行本になったので誰でも読めます

 

2000年の桜庭和志

2000年の桜庭和志

  • 作者:健, 柳澤
  • 発売日: 2020/02/27
  • メディア: 単行本
 

 

 

もちろん、古参ファン(老害)的には、この試合をそう評した人間が柳澤健氏が初めてではなく、出版物の文章としても、これが初出でないことは十分承知している。

タダシ☆タナカ氏、花くまゆうさく氏はじめ出版物でも何人かいたはずだったし海外ではいわずもがな(笑)、ネットではむしろこういう意見が主流…ともいえる。

ただ、当時のメジャー雑誌は、この試合の記事をすっごく小さく扱うとか、(格闘技通信である。)その上で「そういう試合は『技術的な粗』が目立つ。そんな『粗』が目立つ以上、少なくとも格闘技としての意義付けは小さくなる。従って、記事も小さくなる。今後もそういう方針をしていく」と宣言したりした(格通だ、というか朝岡秀樹氏だ)。

 

だけんども、その頑張りはよっく分かったうえで、当時のメジャー雑誌は、上のようには書けなかったわけだすよ。

 

そしてそのままうやむやになったまま、今でも高田延彦氏は、MMAイベント「RIZIN」の顔であり解説者であり、昨年までオープニングではふんどしで太鼓叩いてた人ですよ。

 

このひとのあの試合が「あらかじめ結末が決められた試合」だったと「断言する」というのはやっぱりインパクトがつよい。

 

てか、これまでのオフィシャルなタカダ・ヒストリーでは「これまでUWFで「最強」を”演じていた”ことに後ろめたさのあった高田は、ヒクソン・グレイシーとの真剣勝負で”みそぎ”をし、格闘家に生まれ変わった。それ以前とそれ以後では違う。ヒクソン戦は負けたけど、その後も好成績をMMAでは残せなかったケド、高田は真剣勝負の世界に生きる男となった」…って流れじゃなかったかな?

 

 

泣き虫 (幻冬舎文庫)

泣き虫 (幻冬舎文庫)

 

 

 

そのへんのアヤは、この記事を参照

d.hatena.ne.jp

 

 

 

それがPRIDE-4での敗北直後の「5」で、そういう試合に手を染めていた、しかも弟子の桜庭和志が真剣勝負でのちも活躍するヴィトー・ベオフォートに勝利したその日に…って、やっぱりスキャンダル性高い。

 

で、今でもなんとなく「みんな分かってるけどね…まぁ、それはそれで…」みたいな感じの、「暗黙の了解」だったことを日本のスポーツ雑誌の第一等の地位を持つ「Number」でこの上なくクリアに書かれてしまった、その意義は大きい。

 

 

しかも!!!(ここで本題に入るのは構成ミスだが)

元々この作品、情報化時代に入ってからの出来事、20世紀末から21世紀にかけての超有名ファイターの歩みを追った読み物だから、どうしても過去のアントニオ猪木ジャイアント馬場UWF佐山聡などの評伝よりは、どこかで既に紹介された情報の総まとめ的な 性質があり、その引用の妙を楽しむ連載ではある……

 

そう思っていたところに爆弾を用意していた

 

タイトルにうたった通り、著名な格闘技ライター高島学氏に、コールマンがそのまんまズバリのことを語ってたんだってさ!!

f:id:gryphon:20181222102215j:plain

高島学氏は、直接コールマンから高田戦のフェイクを聞いていた(Numberより)

 

結局、高田コールマン戦も「疑わしい」と外から言うだけじゃ難しく、「本当に結末が決まっていたフェイクだと断言できる根拠はあるんですか」と今までは言わざるを得なかった。

しかし、今回の記事で「高島学氏の証言がある」と言えるのである。

 

 

ただ、読んだときは、「ほうほう、そんな証拠があったんだ。これで『限りなく濃いフェイク疑惑』でなく『フェイク』だといえるな」と喜んだけど…

 

2秒ほど間をおいて

「高島さん、そんなら、あの時にぶちまけとけやあああああ!!!!!」

 

と思ったのも事実なんだよ(笑)。

ただ、まあそれがこうやって「歴史」になろうとしているときに、気持ちはわかる。そこで高島学氏が、直接聞いたことを活字にしていたならば、PRIDEとMMAがその後、同様に隆盛を極めて、21世紀初頭に、大晦日の地上波で3局がお茶の間に大会生中継をもたらすようなことがあっただろうか。

いや、PRIDEも、そのままそれ以前の日本のMMA大会と同様に、消滅していた可能性が高い。

そんな「大量破壊兵器のボタンがあるけど、これ使う?」とぽんと渡されたような責任と権限を、若き日の一格闘技ライターが使うことを躊躇したとしても、それは実にわかる。その後「戦極を潰した男」の異名をとることは内緒だが(笑)

 

 

そんな感慨を巻き起こした、今回の「2000年の桜庭和志」でした。

 

 

おまけ要望 書きおろしで「1999年のマーク・コールマン」が読みたい。

 

「コールマンさん、すでに、あのこと…vs高田延彦戦はメジャー雑誌にも載る、公の事実になりました。歴史の証言として、またあなたの(MMAでタカダに一本負けという)超不名誉を払拭するためにも、ここであの試合のことを話してくれませんか?あなたは旧DSEに対して、十分に恩を返し報いてきました。借りは無いはずです。相応の謝礼もさせて頂きます」

こういうオファーがあれば、コールマンも断らないんじゃないかな?

 これまでの流れ的には、「2000年の桜庭和志」も連載後は単行本になるだろう。これまでも描きおろしやインタビューが末尾に載っていたことがあるので、そんな感じで「コールマンが(vs高田戦のアレを前提にして)口を開く」証言記事があれば、ファンの購買欲を一段と刺激すると思うのだけど。

もちろん、出し抜こうと宝島社系やDropkickサイトなどが、ばっと彼を抑えて同様のインタビューをするなんてこともあったらそれはそれで面白い(笑)

 

 

・おまけ 柳澤健情報「1964年のジャイアント馬場」文庫化/勝谷誠彦氏の追悼文

 

1月に文庫化決定

1964年のジャイアント馬場

1964年のジャイアント馬場

 

 

 

追悼・勝谷誠彦 “恐るべき新人”だった文春時代 #勝谷誠彦 #柳澤健 

bunshun.jp

 

これとは別に「月刊HANADA」にも書いたという。

 

月刊Hanada2019年2月号

月刊Hanada2019年2月号

 

 

 

おまけ 「高田 コールマン」で検索してのtwitter

ネタ被ってるのもあるな