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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

Number連載中、柳澤健「1984年のUWF」中間報告(増補版)〜「リアルワン」が集いし時、リアルは生まれるか?

もとは
https://twitter.com/gryphonjapan/status/735679950104059904
からの連続ツイートで、繋がった文章にして、そこに一部増補しました。

gryphonjapan @gryphonjapan 5月26日


現在、「Number」で連載中の「1984年のUWF」。
中盤なので、少し感想の「中間報告」をしてみたい。それをもとにして、ブログにあとでまとめます。
中井祐樹が登場した第1回の反響はこちらのまとめ。

Number「1984年のUWF柳澤健)」第1回に中井祐樹が登場。『中学校プロレス団体の存続を懸け生徒会長と体育教師が試合』…? - Togetterまとめ http://togetter.com/li/915618

この物語のメインモチーフと自分が思ってるのはこの第二回、カール・ゴッチの言葉「アイム、リアルワン」。

前田が垣原を励ますときにこう語ったのはそれ自体はとても感動的で、前田がいろいろ毀誉褒貶あっても慕われる所以と思う。
だが… この言葉自体は、苦いものがある。
実はこの言葉、
「プロレスはリアルか?」と聞かれたら、嘘が嫌いなゴッチはイエスとはいえない。しかし、プロレスラーである以上ノーとはさらに言えない。
そこで「自分は強い」という、これは嘘のない自信を基に、あえてピントをはずして「(ほかの連中はともかく)アイム・リアルワン」と自称する、そんな逃げなのだと。


ある種の傲岸ともいえる高貴さや、誇りの言葉に見えて
逆に鬱屈した中での精いっぱいの強がりにこの言葉は転化する。
ここのダイナミズムにぞくぞくした。
 

そして更に言えば、例えばサラリーマンの…いや、サラリーマンでもフリーでの主婦でも作家でもいいんだが、意に添わぬ、本来の指向ではないことで日々のコメを得て、身過ぎ世過ぎをして、社会を渡らなければならぬ人たちがいる。
だがそこで「腐る」のでなく、自分の本当に好きなことを磨いて(仕事に直結してても無関係でも)、そこで世間の評価とは別に「アイム、リアルワン」との誇りを持つ。
そういう人々は必ずいる…いや、多かれ少なかれ、皆がそういうところがちょっとずつあるんだろう。



しかし、そんな人たちが「君のその誇りと技術が、正当に評価される場所がここにあるよ」と誘われたら―そして新天地に飛び込んだら。― …… ??????
優れたノンフィクションは、個別を描いて普遍に至る。
この連載でUWFがテーマだと知った時、プロレスファンは「何年の?」が話題になり、議論百出した(笑)のを覚えている。
しかし、最終的に「1984年」となったなら、やはりここにこそ、注目点があるのだろう、と思ったものだったよ。


だが、まさにその理想郷にたどり着いたら、理想が足りないと感じる人も理想が過ぎると感じる人もいる。
だいぶ後に語られるが「UWFのエースは客を呼べるサヤマでなければならない」とは、ゴッチが言い出したのだ。




この連載で8番目ぐらいにおどろいたのは、UWF旗揚げ戦で前田にぼこぼこにされたダッチ・マンテルが、本国では自伝を出すぐらいの格だったということ(笑) いや、日本でもけっこう微妙なレスラーの自伝とか出てるけどね…
しかしその内容がなあ…

ここは論理的な整合性がないんだけど、「プロレスでガチにぼこぼこやって、相手にけがさせる野郎は二流。だけどそれに対抗もできず、けがしちゃう野郎は三流なんだ」という価値観がある。
ああ、これは猿渡哲也「ロックアップ」に出てきた言葉だった。

だいぶ自分もその流儀を受け入れているんだろうね。だから 「前田は仁義をわきまえない!」よりもむしろ「マンテル、お前もプロレスラーならどうにかできんかったのか!」と思っちゃうねえ。ちなみに、船木が永田にケガさせられて「訴訟してやろうかと思った」とか言ってたのは、この誇りある「リアルワン」の末裔とは思えない言葉だと当時思いました。


あと、イラストレーターの更級四郎氏がUWFの仕掛け人だった、という話は何かで聞いていたけど、あらためて聞いても、うーんと思った。いや、才能というのはどこに隠れてるかほんとにわからない。

いくらプロレス雑誌で連載を持ってたといえ… 選手選定から流れや演出まで、その更級四郎氏が仕切って、しかもその多くが妙手だった、というのはあまりにも不思議なキセキではないか。
「藤原嘉明」こそ、彼が白羽の矢を立てたキーパーソンだったというのもすごい。


だけどねえ・・・・
ぶっちゃけ、自分はイラストレーター(あるいは漫画家)としての更級四郎氏を、あまりというか全く評価してないんだよ(ドンッ)!!!!
週刊プロレスで業界誌なのに「辛辣なジョーク、風刺」を持ち込んだのはすごいことだろうし、そもそもネタは投稿募集だったからまあいいんだけどね、だが!言うちゃわるいけど(ドンッ)夢枕獏の「外道教養文庫」見てみ?
山藤章二ばりに、エッセイとは独立してイラスト(ヒトコマ漫画)を競演する趣向なんだけど、まあ、ここのダジャレやギャグがつまらないことつまらないこと。悲しいほどすべってる。本文のエッセイの興まで削ぐつまらなさ!!!
俺はこの一冊で「更級四郎はつまらん!」と確信した。

そんなつまらないイラストレーター兼漫画家が、プロレス団体の運営にかかわると、アイデアと智謀わくがごとし…というのは、やはり歴史のキセキと言わざるを得ない(笑)。
そして、その天才が突然スポットライトを当てた藤原。
彼は大いに意気に感じ、その理想郷に飛び込む。
この入団会見後の光景
「今日の主役は俺だったか?主役は俺だったか?」
という言葉の、なんとも言えない感動はつたわってくる。
その後のUWFは、藤原にとってはどうだったのだろう…


あ、話が前後するが「更級四郎天才説」のいくつか資料。
ゴッチが「エースはサヤマだ」と言ったのも、更科氏に対してだったと…


また、この画像にあるように、入場曲のタイミングを計りまくる鈴木みのるや佐野哲也も、つまりは「更級四郎の遺伝子を受け継ぎしもの」なのだ。
最近の興行終了時間が遅い興行では、やや弊害アリ(笑)


さて、最後に今後の展望。
1984年のUWFなら、…これは今の視点でいうよ、あほなガキの私はそういう視点は全くなかったよ。だけど。
UWFはいかに本物だったか?」でなく「UWFは肝心なところは競技ではなく、やっぱりプロレス。であるのに、いかに『本物らしく』見せたか?」がキモだと思う。
この画像を見てほしい。

その後の新日との対抗戦でも登場した「相手がロープに振っても拒否する、戻ってこない」、これは今にして思えば完全にギミックなわけです。ある意味メタです。
お笑いでも「お前いいボケだなー」とか「ツッコミ甘いよ」とか?


プロレスのお約束を破るよ!をお約束にし、商品にする…
これ、旧来のプロレスからは「いい面の皮だ」となるのだが…猪木の新日本は馬場の全日本に対し相当こういうのやってたんだから、因果応報としか言いようがない。
その後MMAがプロレスラーを次々と「餌食」にしたときもそんな反応あったな…

佐山の才能はUWFをどう変えるか。あの試合、この試合はどこまでアドリブでどこから予定通りか。

そして、リアルワンが集う団体で「実力」はどういう意味を持つか…こんなことを考えながら。柳澤健1984年のUWF」を読んでいる。
(了)