こういう梶原一騎のレスラー評価は客観的というより「この当時、新日本と全日本、どちらとの関係が深かったか?」とか「桜井康雄の評価そのまんま」だったりするのだが(笑)、ザ・シークを「人格者」とか「本格派シューター」と呼ぶ人もあまりいないので、そう的外れでもないようだ。
それに、これからの挿話は、シークがいわゆる「シュートの実力者、関節技に精通したフッカー」ではなければないほど凄みが出てくる話でもある。
この前紹介した「ブッチャー自伝 幸福な流血」p86より。
これは日本のプロレスマガジンのライターから聞いたエピソードで、大仁田厚が話したことらしいが、シークはカール・ゴッチと闘って関節を極められた瞬間、シューズに忍ばせたカミソリを喉元に突きつけ、
「好きにやってみろ!」
と言ったという。本当かどうかはわからないが、シークならやりかねないことだ。
自分で自分を守ることができる。それがこの世界にいる証でもあるのだ。
- 作者: アブドーラザブッチャー,Abdullah The Butcher
- 出版社/メーカー: 東邦出版
- 発売日: 2003/05
- メディア: 単行本
- クリック: 84回
- この商品を含むブログ (17件) を見る
ちなみにこの自伝は、2回に分けてこのブログで紹介させてもらった。
「ブッチャー〜幸福な流血」より”少年篇”を紹介。勤勉なワルの黒人少年が貧しさの中で見つけた知恵 -http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20150405/p3
「アブドーラ・ザ・ブッチャー自伝」の後半部分、レスラー篇の書評かきました/- http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20150626/p4
上のゴッチとシークの挿話は、「秒の殺し屋」ゴッチがゴッチであるがゆえにまた重みを持つ。
こういう話はそもそもむかしなら「ケーフェイ(業界外の人間には話さない内容)」であり、ロッカールームのひそひそ話なので、そもそも検証のしようの無い話ではある。
が、最近、これが裏付けられた。
「KAMINOGE」の何号だったかな…いまちょっと手元にないが、1、2号ほど前の鈴木みのるのインタビューの中で、上と同じ内容を「俺がゴッチさんから聞いた話」として鈴木が語っていたのだ。
ブッチャーのネタ元も「日本のプロレスマガジン」、さらに元になったのは「オーニタ」だとなれば、基本的に”シークの側”である大仁田がそういう話を持ったり創作してもおかしくない。
の証言があれば、双方向から一致して、めずらしくも嬉しいことに、この「プロレス神話」の信憑性は高い、といえそうだ。
強さを「ずらし」て論じる話。
まあ、冷静に考えると、反則であるところの凶器、しかも刃物を持ち出して渡り合う時点で卑怯だ弱いだと非難してもいいのだが、しかしじゃあ、プロレスで「本気で関節技を極める」のはフェアであるのか、といえばまさに「透明な底なし沼」案件である。
以前、
■「武の世界」とは何か?を端的に描く漫画「アグネス仮面・天地拳編」。ヒクソンもLYOTOも超えて http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20090905/p2
という記事でkamiproを紹介しているが、その特集では大槻ケンヂ氏が
『強さの定義を「ずらす」』
という、画期的な概念を提示しており、エポックメイキングだった。
ネイチャージモンが「山の中ならヒクソンに勝てる」といい、「アグネス仮面」に出てきた空手師範が、不意打ちをかましながら「宇宙とは?」と問い、
ヒーロン・グレイシーが「柔術は護身。だから極められなければいいんだ」と主張する(※この前ジョシュ・バーネットに極められたけど)
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130120/p2
こういう「意味をずらしての最強論、格闘技論、武道論」が語りえるなら、「プロレス史上最強のシューターに関節を極められかけたけど、流血用のカミソリを突きつけて脱出した」も、十分武道、格闘技として語り得る。
下の記事で書いた「社会的に携行可能な武器の使い手が最強」論でいえば、プロレスで流血をギミックにするレスラーがカミソリを持つことは、プロレス社会の中では十分認められているしなあ(笑)。
『最強論議』に結論⇒「社会的に携行可能な武器の使い手が最強」。〜では、今の日本では? - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20150617/p1
あるいはこれ
「武器によって、強者と弱者(例えば男女)は平等になる」という、とある信念 -
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20131109/p4
「神は男を作りました。更に神は女を作りました。そしてサミュエル・コルト(=※拳銃)は彼らを平等にしました。」
だからといって、ゴッチが心血をそそいでその身にまとったサブミッションの技術(およびパワー)が無意味なわけもない。
だからこそ、面白いのでありましょう。
余談を下の記事で一本。
追記 KAMINOGEの当該号が判明。そして…
id:machida77 2015/07/06 09:31
この件のKAMINOGEの記事について引用されているブログがありました。
http://murasakilg.blog64.fc2.com/blog-entry-1289.html
これによると2015年4月発売のVol.41で、しかもブッチャーの話とは違います。
鈴木みのるがゴッチから聞いた話ではナイフを隠し持っているとして脅したわけで、実際に見せていないことになっているのです。こちらの話だと武器そのものの強さというよりハッタリや脅しによる場の支配であり、強さの意味合いが変わってきます。
- 作者: KAMINOGE編集部
- 出版社/メーカー: 東邦出版
- 発売日: 2015/04/21
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (2件) を見る
http://murasakilg.blog64.fc2.com/blog-entry-1289.html
鈴木「昔、(カール・)ゴッチさんが言ってたんだけど、アメリカでシークと試合をやったとき、投げてグラウンドで極めにいったら突然、シューズの中に手を突っ込んで、『俺は、この中にナイフ持ってるぜ。それ以上やったら刺すぞ』って脅してきたって」葛西「おおおーーーー(笑)」
鈴木「ゴッチさんも、刺されたくないから『どうしよう、どうしよう』って、思わず離したって」
葛西「いい話っスねえ(笑)」
鈴木「すごいよね。ゴッチさん本人が言ってたから」
葛西「それをシークが言ってたんならね、『デタラメ言ってたんだな』ってなるけど、ゴッチさんが言ってたなら信憑性ありますよね」
gryphon 2015/07/06 09:42
ほほー、むしろ二代目ジョジョ的強さか? 「喧嘩稼業」っぽくもある。