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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

田村潔司、谷津嘉章のインタビューでそれぞれ印象に残ったこと(KAMINOGE)

KAMINOGE [かみのげ] vol.19

KAMINOGE [かみのげ] vol.19

田村潔司
謎の沈黙を保ち続ける“赤いパンツの頑固者”も、格闘人生25周年!
第2次UWF新弟子1期生/盟友の死/UWF三派分裂/プロレス・格闘技観を語る[前編]
「格闘技は誰でもできる。プロレスもヘンな話、誰でもできる。
だけどUWFは……こんなことにこだわりすぎるから俺は孤独になるんだけど」
  
玉袋筋太郎「“幻の金メダリスト谷津嘉章”変態座談会」IN『ホルモン焼 壱鉄』
目ぇつぶって修行4カ月で焼肉屋をオープン! オリャ! 今宵も“大人な荒武者”が言いたい放談!!

田村、有名な眼窩底骨折試合に関し「前田さんはお見舞いに来てくれなかった。一言謝ってほしかった」と。

この話か。

1989年5月21日に鈴木実(現・鈴木みのる)戦でデビューを果たした。同年10月25日、デビュー5試合目で前田日明との試合で膝蹴りをくらい眼窩底を骨折、1年の欠場を余儀なくされた。1990年12月1日に復帰するが、直後にUWFは解散。

プロレスをプロレスとして見なかった同時代的には「前田はやっぱり強くて、デビューしたての若手とは実力差があるんだなー」とあほみたいな感想を持ったきりだったが、今構造が分かってみると「けがしたほうも、させたほうも悪い」「当たっちゃったらごめんルール」とかでは語りきれない。、こりゃ基本的に前田がへたを打ったと見なすべき話ではあるよな。
それ以降、田村は基本的に前田に不信感みたいなものがあった、と考えるのはやはり自然な話ではあろう。
まあ、けがさせたらお見舞いにはいくべし、ということか。

谷津嘉章は、キラー・カーンから新日本の人間関係についてアドバイスを受けていた

アメリカに遠征していたころ、そんなことがあったらしいのだが、紹介されてたカンちゃんアドバイスの2例が名人級すぎた(笑)。
藤波辰巳さんは・・・優柔不断だね」
山本小鉄さんは・・・自己満足の練習が自慢だから『すごい練習ですね!』と褒めておけば大丈夫」

孔明なみの智謀!!
ガーンと語れえカーン!(本名:小沢正志)

ちなみに谷津はいまホルモン屋(焼肉屋)さんを経営しているが、「4カ月の修行期間で開店した」とか言ってるな。ただし、谷津といいえば猛烈に頭の回転が速い人でしかもサイドビジネスはけっこう成功例が多い。中古自動車販売はかなり成功したから SPWFも運営できてたんだし。
なにがしかの勘所を押さえつつ、むしろ実践の中で腕を上げて行ってる、のだそうだ。

http://ittetsu.net/

壱鉄(いってつ)
TEL 03-5386-6828
住所 東京都新宿区高田馬場3-23-5
交通手段 高田馬場駅から徒歩7分
下落合駅から480m
営業時間 平日・土曜日:17:30〜24:00(ラストオーダー 23:00)
日曜日・祝日:17:30〜23:00(ラストオーダー 22:00

谷津嘉章twitter
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