INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

アウサイが”頂点”である世界…について、もう一度考える。

上の話で十分なのだが、関連してちょいまじめに考察を。一度このブログでは紹介した
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20111018/p1
けど、もう少し詳しく、引用の分量も増やして「マット界噂の三面記事」より。

「景気のいいのはUFCと地下格闘技だけ! 格闘格差社会」より。


「選手というのはまず最初の欲求として”リングにあがってカッコいいところを見せたい”というものが少なからずあるじゃないですか。でもプロ格闘家になってそれなりに大きな舞台に立って、ましてや勝つなんていうのは時間もかかるしとてつもない練習量も必要…」
 
「かっこいいところを見せたい、という思いだけの選手なら『プロにならなくても地下格闘技でいいや』ってなりますよね」
 
「金銭的な面でも地下格闘技のほうがリスクが少ないんですよ。(略)地下に出るだけなら仕事を辞める必要がない」
 
「いまプロ予備軍のような若い選手のなかには『おまえの実力なら、地下格闘技でトップになれるんだから、プロ目指すのなんてやめて、地下に来ればいいのに』なんていわれる人もいますよ(笑)」

これを最初に読んだ時…「50%は理解できる。というかある面では100%正しい。…けど、それに対してアウサイに『責任はない』よな」といったもやもやした感じ……まだ言葉にするのは難しいな、とにかくそういうのを感じたんだな。

自分の中でのTHE OUTSIDER というのは、初戦の大会を終えたときにゴン格が特集をして…その記事を読んだ時に書いたことと基本的には変わっていない。

■第二弾決定の「THE OUTSIDER」が持つ意味とは。結構原点は単純だ
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20080510/p2

松原隆一郎氏が主催し「進学校のエリートたちが集まって、その中で頂点を競う大会」があり、前田日明が主催して「不良たちが集まって、その中で頂点を競う(ワンマッチで半数が意気揚々と勝ち、半数が涙をのむ)大会」がある。適材適所というかなんというか(笑)

DEEPのメガトン大会、または35歳以上の「オヤジバトル」、かつてリングの魂でやっていた「芸能人柔道大会」など…(略)どんな小さなカテゴリーでやってもそこに勝利の喜び、敗北の涙はある…(略)時に競技的にはレベルの高い他の大会より注目されることがある

だから自分は
『アウサイ対ZST新日本プロレスの「夢☆勝ちます」と同じ。「どっちが強いか決めやがれ!」ではなく「勝てる可能性の限りなく低いZSTに、ムチャを承知でアウサイ勢が体当たり!」として見よ』…、とも言ってきた。
つまりそのカテゴリーの中で皆が本当に一生懸命、汗と涙を流して本気で頑張っていることと、「その上には、もっと上があるんだよ」というのは無理なく両立するだろうと


だが、そこが「金銭・名声・華やかさ」といった部分で、「その上」を上回る世界…というのを、少なくとも上の論考を書いた2008年には予想してなかった。
類似の例というのも、あるようでないかもしれない。
「その上」はどうやったら構築できるのか?すくなくとも技術レベルだけで「その上」にはなりにくそうではある。社会人野球とプロ野球に問答無用の差があるように「年俸・ファイトマネーが何倍にもなる」という形がいちばん明確に構築できるのだろうが。(※もちろん「実際に支払った額」でカウント。為念)
だから、現状、選手の憧れがアウサイで止まる…というのはアウサイのせいじゃない。その上にかつて位置していた「憧れの対象」が沈んだがゆえなのだ。

来年復活する前田日明のリングスも、こぞってそのリングスの世界に、例えばアウサイで大活躍した若者が飛び込みたくなるような…そんな仕掛けがされているのだろうか?
そういったことも考える。