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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「ゆうきまさみの風景」第一章〜メジャー以前、そして「あ〜る」。(「コンティニュー」を読んで)

とまあ、ロングインタビューなども載っているこの雑誌を紹介され、読んでみたわけだが。
どうでもいいが、なかなか置いてある書店は無いものだ。目立たないところにあるだけか?
内容については、こちらに抜粋もある。
http://d.hatena.ne.jp/eg_2/20081227#1230378004


さて、ゆうきまさみについてあらためて語るというのは難しいんだよ、いろいろと。難しいと言うかとらえどころが無い。

バクマン。」で、「プロの漫画家というのは、20年(30年だっけ?)漫画を描いて暮らせてはじめてそう呼べる」というふうに言ってたはずだが、まさにゆうきは「プロの漫画家」だ。ヒット作の規模、数でいっても大家の一人といっていいんだが、なぜかあまりカンロクがない(笑)。いや失礼。
だから切り口がむつかしい。この文章のタイトル「ゆうきまさみの風景」というのは、司馬遼太郎空海を書く時、「資料も少なく、また伝説に彩られすぎて空海そのものは書けない。だが、その周り、『空海の風景』なら何とか書けるかもしれない」と『空海の風景』を書いたときになぞらえたもので、要は腰が最初からひけている(笑)。
そんなところでやってみる。


世代論…ガンダム、ヤマトとアニパロと

80年代のサブカルオタク文化に関する証言というのも最近は市場価値を生み、けっこう資料が出ているものだけれども、ゆうきまさみはその重要プレーヤーの一人でもある。
ウィキペディアの「ゆうきまさみ」
を見ると、ずばり1980年が商業誌デビュー。80年代ー90年代の申し子なんだ。


このへんの文化状況を論じると言うと、実際のところ私の手に余るし、よく分からない。個人的に経験が無いし、そのへんのメディアに触れてもいなかったからだが、そもそも


・いい大人(ティーンエイジャー)が漫画やアニメ、SFを読み込む
・大人だから、アラや矛盾も発見し、それをギャグに出来る
・パロディ文化が生まれる
・それを雑誌や同人誌、イベントなどで表現できる


このへんの波が一気に押し寄せてきたのが80年代なんだろう(SF小説に関しては、少し早めにその波が来て、だからSFファンジンは早かった。)あっ「プロレス・格闘技マニア」文化もこの波の一変形なのかも。
また岡田斗司夫唐沢俊一が書くように「ビデオデッキが普及した」などの要因も本来は視野に入れなきゃいかん。


んで、東京で会社勤めの傍ら、当時はインターネット無いから(笑)、漫画好きが語り合えるお店や、豊田有恒が主催するSF企画会社なんかにひょこひょこ出入りし、その人脈のつながりでアニパロ漫画、普通の漫画をぽつぽつ描くようになり、それが目にとまって少年サンデーに・・・ということでいいのかな。


わたしゃ今回のコンティニューのほか、とり・みきとの対談、少年サンデーに以前あったインタビュー記事「俺のまんが道!」、パトレイバー終了後の増刊企画などなど、けっこう資料コピーを持ってきているんだけど、何と言うのか、非常に神話的と言える、伝説に彩られている。
それは、島本和彦の「アオイホノオ」のように、「この80年代こそ、今のオタク文化に直結する黎明期なんだ。俺たちこそ開拓者、革命第一世代なんだ」と言っても一定の説得力がある、そんな時代だからだろう。
また、友人同士のつながりが、「この人物こそ、のちの○○である」というふうに言える水滸伝、幕末維新的な・・・列伝になっていることがロマンチックな彩を添える。
ゆうきまさみチェ・ゲバラのようなもんかも(笑)


「若手に活躍の場を与えるため、創作集団「パラレルクリエーション」を豊田有恒が設立、その中にゆうきまさみが・・・」
とか
「ゆうきと仲間が『企画ごっこ』を開始。うち一本がパトレイバーになり、没企画はのちにXXが書くSF小説の母体となった・・・」
とかね。パラクリって、「80年代のトキワ荘」と言ってもいいのかもしれない。

80年代の旗手、メジャーへ−−「究極超人あ〜る

ゆうきまさみ」という名前は、自分にとっては一に、完成度の高い中期作品の作者なのだが、多くの人にとっては上記のような、「オタク文化創生記の革命家」でもあり、また「自分たちの仲間から出てきた、代表者」的な意味合いもあったんだと思う。

だからこそ、当時としては禁じ手に近い「投げっぱなしパロディ」の封印を解いた「究極超人あ〜る」が、コアな層に受け、一定の人気を保ったのだろう。投げっぱなしはスタイナー兄弟もそうだが、やったもん勝ちだ(笑)。


ゆうきが「あ〜る」について曰く。(上記id:eg_2ブログから孫引き)

ゆうき:担当の福田さんが、月刊でやるほうが、マンガ家にとってプラスになるからって、週刊を推してくれたんですよ。それで、『バーディー』を中断して、週刊連載を始めようとしていたら、開始の1ヶ月前に福田さんは人事異動でいなくなっちゃて(笑)。こっちとしてはそんな話はあるもんか、と。じゃあ勝手に描くもんね、といって『あ〜る』を始めたんですよ。なにやら当時の編集部のエラい人は、読んで「何が面白いんた、このマンガは」って言ったらしいんですよ。でも結構アンケートが良かった、それで続いたんです。

この福田さん、というのは、「そうやって韜晦してるがいい」の、あの探偵さんかな?
編集部の別の人が「そのままじゃないですか、デフォルメも何もしてない」と絶句したとかしないとか(笑)


それはいいんだけど、ゆうきまさみ的ヒット?の法則がメチャクチャだ。

読み取れる人がいれば喜んでくれるだろう、と。そういう描き方でしたね、「あ〜る」のときは。このネタはあの人に確実にヒットする、と描きながら思ったりしてね(笑)。で、1個のネタで身の回りのひとりに確実にヒットすれば、読者の30人はヒットするだろうから(笑)、じゃあ3つあれば100人は笑ってくれるだろ、みたいなノリですよね。

サイコー、シュージン、絶対に真似するなよ(笑)
しかしながら、それでも少年サンデーで(たぶんサンデーだからこそ)生き残ったのは三つのギャグで100人を笑わせただけではなさそうだ。


小生は、「究極超人あ〜る」を遅れて読んだ(パトレイバーより後)のだが、最初に読んで思い出したのがこの作品だった。

どくとるマンボウ青春記 (新潮文庫)

どくとるマンボウ青春記 (新潮文庫)



てなところで、この話つづく。
例によってふらふらと迷いながら書いていくので、最終的な質は保証しません。

余談、ブログ紹介

「パラレルクリエーション」という検索で見つかったブログ

鳥坂センパイの時代(究極超人あ〜るゆうきまさみ
http://d.hatena.ne.jp/psb1981/20070108/1168260788

本編もおもしろいし、今後書く話にかかわってくるのだが、コメント欄で「光画部(写真部)にOBが来る理由」が書かれていておもしろかった。

写真部と言う活動を考えた場合、他の部と比べると「暗室作業」と言う技術の継承が必要になるため、どうしても経験者であるOBに話を聞く機会が多く、その逆にOBが暗室を使いたいがために母校を訪れる事がいいので、あ〜るのようなOB連が存在する事は割とある事のようです。(最近のようにデジタルで済ませるとなるとこう言う事は無くなっていくかも)


そういえば、今「あ〜る」を読むと”オタク文化圏の「三丁目の夕日」”的味わいも、無きにしもあらず。



続き。弊衣破帽のバンカラ→「むわーかして!」→「ただの人間に…」の系譜

上の続きなんだが、「究極超人あ〜る」の世界に、何となく「どくとるマンボウ青春記」との共通点を私が感じたのは、一種の…なんと表現するのがいいのかな、「学園トリックスター」の系譜というものを感じたからだな。環境的にいえば「学校的楽園」の一つのあり方である。
うーむ、いいたいことはあるんだが、それをうまく当てはめる日本語が出てこないので、適当な造語をお許しいただきたい。


「どくとるマンボウ青春記」の中には、とにかくけったいな学生がよく出てくる。
それを受ける教師もけったいで、特にテストという一番マジメなやり取りの中で「拡大図」「超拡大図」「超々拡大図」と描き続けるとか、「問題を読んでピクリン酸、わきの下にはアセゾールアセチレン…」などと必死で語呂合わせをするとか、そういうことをする連中ばかりなのだが、とりあえずそのケッタイさは一種のユーモラスな演劇性というか、その「ケッタイ」自体が目的化したようなところがある。



ひと言で言うと、学校の中での「全校公認トリックスター」という地位は、それこそ生徒会長とかインターハイ全国優勝とか、周辺高校をすべてシメた番長連合の総長とか、女性だったら全校一のマドンナ…というのに負けないぐらいに魅力的で、「なれたらいいいなぁ」と思うような存在なんだ、ということなんじゃないかな。


「あ〜る」に関してよく聞くのは「この漫画を読んで本当に光画部(もしくは別の「XX部」。すべて文化系)をつくっちゃいました」
「僕が入った部は、本当に光画部みたいでした」「強引に既存のXX部を光画部みたいにしちゃいました」というような話。
人によっては、やるにことかいて、生徒会をそういう場所にしちゃったやつもいる(笑)。


というかこの「コンティニュー」であ〜るの紹介文書いている柿崎俊道という人も「図書室をたまり場にするだけの『図書部』をつくってしまった」とカミングアウトしている(笑)。
【付記】柿崎氏ははてなキーワードがあり、そこから辿るとid:Syundow さんというはてな住民の一人であることが分かった。


だが、沢木耕太郎深夜特急を呼んで貧乏旅行に出てったり、空手バカ一代を真に受けて山ごもりする人がたくさんいたことを思えば、何驚くには当たらないのである。
そして放浪のノンフィクションライターや、地上最強の空手家のように、光画部とそのリーダーである鳥坂先輩は魅力的だった。

、何やらはた迷惑に大騒ぎし、たまり場でダラダラしているかと思えば、学校中を巻き込む半分ゲーム、半分マジの大騒動(サバイバルゲーム)を展開、あるのかないのかわからない計画でどこかに集団で旅立つ・・・

どれもこれも、やってみたくて、やれたらいいなあとあこがれて、
お調子者は実際にやっちゃっておこられる(笑)、そういうような「夢」だったんだろうな。


それが少年サンデーという発表舞台ともあいまって、熱狂的な支持層を生んだというわけ…だと思う。
例えば、補助線として引いてみるなら「春風高校生で、いわゆる『不良』『ツッパリ』『ヤンキー』」というのが想像できるだろうか?春風高校は別に進学校というわけではないらしいのだが、上のような不良文化が非常に馴染まない、そういう雰囲気があるでしょう。


また、鳥坂センパイおよび光画部はそもそも行動の動機に関して


「おもしろいではないか」


で、すべて終わらせるという特徴がある。これはゆうきまさみの次の作品「パトレイバー」で、不世出の悪役・内海課長の行動原理としても採用され、しかもあまりに暴走しあまりに魅力的過ぎたがゆえに、けっこう倫理的ブレーキも持っているゆうきは「こりゃ、この男が報いられる作品にしちゃいかん。殺さないと」となってああいう結末に・・・とつながっていく。


だが、話がギャグということもあるし、まだまだ日本が、最後の成長を感じさせた80年代の風景にはこれが似つかわしかったのかもしれない。「おもしろいではないか」が行動原理の彼らは、やはりその時輝いていた。
いや、時代が好況でも不況でも、高校時代というその時期に、こういう行動原理のもとで怖いものなしで何でもやるぜ!!はやっぱり憧れなのかもしれない。


で、この話…を語るには、読んでません見てませんでスイマセン、と頭を下げるしか無いが、
逆に言うとそれでもなぜかこの台詞は伝わっているのだからすごい。ちょっと検索したらすぐ見つかったし。

「ただの人間には興味がありません。この中に宇宙人、未来人、 異世界人、超能力者がいたら、あたしのところへ来なさい。以上」


これでいいんだよね?おなじみ、「涼宮ハルヒの憂鬱」の冒頭に出てくる(らしい)
作品では、これを言った人は実際に、光画部的なグループをつくっていろいろなことを学園の中でやっていくことになるみたいだけど、「不思議ちゃん」とか「中二病患者」とかそういう用語も後に作られるようになっていく。


でも、『平凡であるぐらいなら、思いっきり「奇人」になりたい』『奇人として扱われたい』
そういう欲求って、やっぱり若者の間には普遍的にあるものじゃないかしら。
とくに生産、仕事、商売ということが絡むとそうは言ってられなくなるから、それが無い学生は特にだ。また、私が「スクポリ」(スクールポリティックス)と造語し、もっと俗的には「スクールカースト」という用語もあるような、クラスや学校内での自分の”立ち位置”の設定とも絡んでくる。


だからこそ、上の話に戻るが、
究極超人あ〜る(の、鳥坂センパイをリーダーとする「光画部」)、そして「涼宮ハルヒ」は、やっぱりひとつの、若者の普遍的憧れの一種(学校全体から一目置かれるトリックスターになりたい)をカッコよく書いたロールモデルのファンタジーであり、それは旧制中学の弊衣破帽のバンカラボーイからの伝統を、どこかで受け継いでいるのではないか・・・という、まあ仮説です。

まだ、これを一つの論として完成させるには正直穴がたくさんあるし、それを抜きにしてもちょっと文章構成が粗い(笑)。書きたいことが多いときに私はよくこうなる。


というわけで、「ゆうきまさみの風景」は第一章(天の巻、といってもいい)である「究極超人あ〜る」のところでとりあえず力尽きた。この後は、また力を蓄えて書いていきます。


おまけ 宇野常寛ゼロ年代の想像力」から「ハルヒ」論を抜粋

ええ、ええ、オリジナルの作品を読む前に評論で分かったような気になるのは良くない、よくありませんとも。
ですが、まあ。

ハルヒが求めているのは、本当に宇宙人や未来人や超能力者といった「非日常」なのだろうか?もちろん答えは「否」である。本作でハルヒを満たしているものは(略)むしろ部活仲間との草野球や夏合宿などのありふれた青春であり、矢口史靖的な「日常の中のロマン」・・・にもかかわらずハルヒは(略)自分の求めるものは日常の中にはないのだと自分に言い聞かせるように主張している・・・

そもそも、ゆうきまさみの実体験は「あ〜る」にどう反映されているのか。

これも、はてなで有名な人が以前に書いたとか書かなかったとか、そういう文章の断片。

赤毛のアン」シリーズの作者、モンゴメリの少女時代には、あいにくと「赤毛のアン」におけるダイアナのような理解者は側にはなく、きっつい思春期を送ったという。そんな彼女が30歳を過ぎてから、恐らくは若かりし頃の復讐の思いを楽しく込めて書いたのが同作だったという。
(略)
…「究極超人あ〜る」のブレイクはゆうきがもう30も間近になった頃のこと。思うに、あの春風高校光画部ってのは、彼の願望だったんじゃないか? 

私の資料ファイルをひっくり返すと、あ〜るの直接のモデル「ナリゲン(成原)」による、実話エピソードがどの部分であるかはかなり分かっているのだが(例えば「埼玉県の地図を常に持つ」「遅刻後、二階の窓から入ってきた」「勝手に猫小屋を制作」などは実話)。
だが、上に書いたような、みながあこがれるトリックスターとしての学生生活を、ゆうき本人がどの程度まで体感していたのか、それはちっと分かりづらい。
それに、学校後の前述「80年代トキワ荘」的な生活というのも大いに影響したろうしね。
このへんは正直、研究不足であります。



【関連エントリ】何度目かのゆうきまさみ
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20081231/p5