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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

【最後まで書きました】ハッスルマニア成功へ--彼らはいかに軌道にのったか?

昨日、サムライで無料30分番組の、「これまでのハッスルの歩み」を振り返る放送をしてきた。試合がないとサクサク見る事が出来てたいへん快適だ(笑)。・・・と、今ではこれも悪口にはなりえないだろう。WWEだって「見るのはリング上のアピールやスキット。試合はどうでもいい」という層はかなりいるからね。
ここにレイザーラモンHG和泉流二十世宗家和泉元彌インリンといったお馴染みの芸能人が絡めば確かに大量にいちげんさんを導入できるだろう。


まあ、しかしながら良くぞここまで持ってきたものよ、とあらためて感心だ。
小生のブログをあらためて検索してみると、いくつか可能性を見てはいるものの、「ハッスルは結局成功しないんじゃないか」という悲観的な見方は常に背中に張り付いていた。


何しろ、基本コンセプトである「プロレスと格闘技は別物であることは、もはや完全に世間に浸透した。ならば、今までの(新日本流)プロレスが打ち出す”ストロングスタイル”や”闘い”はもはや足かせにしかならない。突っ込みを気にしない、いかにもファンタジーで作りこんだプロレスのほうが受けるんじゃないか?」というのは、あの天才プロデューサーにして脱税被告人(しつこいって)、石井和義氏が既に喝破し、実行し、そして成功しなかったのだから。


しかしハッスルは,そこを補うためにあらゆる工夫をしていった。
(こっから先は既出の指摘ばかりだと思うけど、まあまとめだと思って読んでくれ)

そもそもW-1の中心人物であった武藤敬司の持論は「プロレスは連続ドラマを見せることができるのが、格闘技にない強み」というもので、その後の彼は全日本の中でこのコンセプトをさらに推進。一興行自体も、各試合をあわせた全体が調和のあるように配置する「パッケージ」として今ヤ評判を呼ぶようになった。
でも、ハッスルもW-1も他団体に比べてキャストや演出が豪華な分、大会場での興行が必要になる。かといって、まさかバスに揺られて地方回り、という今は赤字になるだけの興行形式は不可能。
ということで、W-1のほうはこれはこれで賢明にも、さっさと撤退することになった。(石井館長健在だったらどうだったか・・・)しかしハッスルは、何とか連続ドラマを作り上げる方法を模索することになった。

これは宝島ムックで、佐伯&笹原の対談があった時に笹原氏が話していたんだけど、「ハッスルが連続ドラマを成立させるために編み出した『苦肉の策』が、あの記者会見だった」ということである。

あれは振り返ればいろいろしょーも無かったりなんだったりするんだけど(笑)、少なくともスポーツ新聞のあれやこれやを定期的に飾っていくことに成功したのは間違いのない話ですよね。週プロや週ゴンの扱いはそれほどでもなかった記憶が有るけど。


普遍的な話なので、いつかは例の「戦争広告代理店」をも引き合いにでもして論じたいけど、リリースを団体や組織、あるいはロビイストが発信して、これにどうメディアを食いつかせるかはいろいろと大変なハードルがあるわけで。まず、ハッスルの「記者会見」にちゃんとメディアを呼んで、そこで本質的な発表とはべつのコントの部分まで報じさせた手腕はDSEのやっぱり凄いところだと思う。
インディの一部も、定期的なリリースや記者会見での寸劇を利用してメディア内で存在感を発揮しようとした前例はいくつかあったはずだ。しかし、やっぱりそういう手も、有る程度基礎体力があるものがやれば効果が二倍、三倍になるようだ。



そして、早めに「ハッスル・ハウス」というハウスショーを確立したのも大きかった。これは最初からのプランにあったんだろうか? もともとさいたまアリーナはでかすぎるんで、後楽園ホールなら確かに余裕で満員にできるだろう。
しかし、実際に回していくメンツのこともあり、W-1はそれができず、ハッスルはそれに成功した。それに何より、後楽園の興行を見たファンは或る意味プロレスファンの中核・前衛的な部分を担う存在。彼らから悪評が出て行けばその毒が広まるし、彼らに大受けすればエンジンはかかる。
見事にDSEは、その賭けに成功した。


そして、芸能界とのリンク路線。
インリンにもちろんプロレスラーに要求するアレコレを求めるつもりは全く無いけど、あの抑揚とか縁起とかはあんまり上手くないように思う。しかし、WWEのマイクだってかなり過剰っぽいし、ああいうリングでは指先の演技とかは逆に不要なのかもしれない。
そのへんは演劇論に詳しい人に任せるとして、個人的にはトータル的にインリン様つうのはあまり魅力を感じない。
つうか、ああいう役をあてがうならもっといろいろ安いギャラでいい働きする人はいたような気がするが、ある程度のメジャー感、世間へのアクセス力を重んじたのでしょう。(俺はインリンて以前、何やってるかとかほとんど知らないけど名前だけはかすかに聞いたことあったんだから有名なんでしょうな)


今回、これも世間的には名の売れた連中をさらに二人引き入れたわけだが、最初に書いた30分番組で和泉は「二つ返事、というわけではなかった」と話している。そりゃ、かなり逡巡はしただろうさ。
でも、結局最終的に「リングに上がる」という決断をさせたのは、経済的な見返りもあっただろうが、今までじわりとメジャー感や、和泉が言っていたように「一流のパフォーマーが『自分の芸』を見せて競う場所」という認識を持たせ得る場所を築いていたからだろう。


一種の無駄遣いのように見えていたものが、そういう形のメジャー感を育てて、それが一つの誘引力になる。その部分が、正直自分が気付かなかったハッスルの強みだったようだ。


あとは経済的問題。
昔、「PRIDEやPRIDE武士道の足を引っ張らないよう黒字になってほしい」と書いたけど、その部分はどうなのかな。今回も、収支が最終的にどうなるかは当然このブログが知る由はない。
DSEカーリング映画制作に乗り出す、なんて話を聞くと、「やっぱりハッスルは世間にDSEの名前を広めたり、コールマンやランデルマンのような存在を繋ぎとめるオプションで、単体で黒字赤字を云々するようなものではないのかな」という点も考える。
見えない財産が増えるなら、積極的な黒字解消も立派な経営戦略だ。



とまあ、かなり普通のハッスル感想でした。
実際、私ゃ今「世間」の人からハッスルマニアの録画を頼まれているんだよな・・・どうしよか