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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「大晦日三国志」まだ続く。

いま、プロレス界は業界の対立アングルにおいてもPRIDE vs K-1のスケール感に圧倒されてるなあ。

http://sports7.2ch.net/test/read.cgi/k1/1070974402/l50

が再び盛り上がり、各種の文章が引用されたりしているので
本家・NHBニュースの常連として、その文章記録をはてな内に置くのも意味があるかと思う。特命氏の文章から(過去ログ)

Untitled 投稿者:特命 投稿日:4/24 Sat 23:11

先述のPRIDEオフィシャル本「PRIDE YEAR BOOK2004」ですが、巻末の榊原DSE代表と高田統括本部長の対談で気になる箇所がありました。
まず司会が波乱の一年だった去年のPRIDE REBORNについて話をむけたのですが、
アントニオ猪木のPRIDE離脱からこんな話が・・・。(以下は問題の箇所を引用)

榊原「(前略)だって、ニコニコ笑いながら後ずさりするように、スーッとフェードアウトしていった人も周りに何人かいましたからね(笑)。」

ーちなみに、何人ぐらいいたんですか?
榊原「え〜っと・・・・・・大きいところで言うとふたりかな(笑)。」
高田「小さいところまで入れるとけっこういたよね(笑)。」

そこから新体制によって6月にREBORNしたという話になり、高田はあの時に「あそこでアクションを起こさなければ(プライドは)もう終わっていたからね。」という話をします。
で、司会はいきなり「それ以前の『PRIDE』は、運営会社として何か他のプロモーションの傀儡であるかのようなイメージも抱かれていた部分もあると思うんですよね。」とシリアスすぎる話題をぶつける。(以下は抜粋引用)

榊原「う〜ん・・・・・・。」
高田「大きいよ。」

ーこれは本部長に答えてもらったほうがいいかもしれない(笑)。
高田「それは間違いない!」
榊原「ぼくのことはともかく、体制が変わったのは大きいでしょうね。やっぱり最終決済、最終責任を誰が持つかをハッキリさせるというのは大きいでしょうね。」
高田「どうイベントを作っていかなければいけないのか?この不動のコンセプトを明確に示し持続させていく。これがキモだからね。それに対して自らが動いて、結果がいいほうげ転がっていけば、当然トップに立って動いている人間が発する求心力が強くなってくるからね。」

それからPRIDEが地上波でゴールデンで全国放映されるようになるまでに8年かかったという苦労話を語りだす。で、去年の大晦日戦争の話題になってこんな話がでてきました。(以下は抜粋引用)

榊原「あとは単純にバーリ・トゥードの試合はパッとマッチメイクしただけでは、(中略)ファンが積極的にチケットを買ってくれるかというと違いますよと、にわかプロモーターの人たちに警鐘を鳴らしたいおきたいです。

ー鳴らしますか!(笑)
榊原「そんな簡単なもんじゃないです。」
高田「プロであっても金がすべてじゃないよ。つまり選手はどこに上がりたいのかと。メジャーリーグならヤンキースタジアム、あるいはテニスならウィンブルドン総合格闘技の『PRIDE』はそういう状態になりつつある。(中略)どんなにわかイベントが来ようが、あそこには適わないという形にしていきたいね。」
榊原「でも、すべてのものを手に入れることってできないと思うんですよね。(省略)」

ーでも、この業界はすべてを手に入れられると思っている人が多いですからね。
高田「すべてを手に入れようとすると、失うものが出てくるのは充分にわかっているからね。仮に2〜3年後に『俺はすべてを手に入れるんだ』と代表が言ったら、『PRIDE』は終わるでしょう。」
榊原「ハハハハハ。」
高田「代表が金無垢の時計をはめて、週に4日も銀座で飲み始めたら、『PRIDE』は確実になくなるよ。そしたら私はきれいさっぱり手を引かせてもらうよ。(笑)」

その後は今後のPRIDEの展望となって対談は終わるのですが、高田と榊原の上の話は佐竹の「まっすぐに蹴る」と関連づけてみると面白いかもしれない。またゴン格の谷川FEG代表のインタビューと合わせて読むと何かが見えてくるかもしれない。

ところで、かつてPRIDEはK-1と協力関係というか主従関係だったらしいのだが、それはどういう形のものだったのだろうか?石井氏が株を所有していたのか、運転資金を融通していたのか、あるいは業界の先輩後輩、大物小物という無形の強制力にとどまっていたのか。

ここがカギ?