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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「生理的にいや」「近くで空気を吸いたくない」「あの一族の気持ち悪さ」「悪の根源」…さて、誰が誰について語った言葉か?

こたえは、ほいっ。

「ああいう一族(※皇族)がいる近くで空気を吸いたくない」
辻元清美(談)



うん、ぼくも「朝まで生テレビ」で、「憲法は改正していい。その場合は天皇に関する条項を全削除して天皇制をなくす」と明言していた辻元清美さんの勇姿をかつて拝見しました(議員になる前)。

にしても辻元氏、天皇は「生理的に嫌」「近くで空気を吸いたくない」か…




ヘイトスピーチは弱者が強者に言う場合は成立しないのだ、という論がどこぞの一部にあるが
(知る限り、全くオーソライズはされていません)、
果たしてそれに正当性はありや。

大河ドラマの中の人は、BSの先行放送などについてこう考えている

NHK大河ドラマ真田丸」制作統括チーフプロデューサー 吉川邦夫氏特別講演会レポート - Togetterまとめ https://togetter.com/li/1087716


全体的に興味深いのだけれども、自分が一番気になっていた「BS放送、オンデマンドなどが整備されていく中で、視聴率という指標はどうなっていくか?」ということにも話がされていたので、そこを抜粋します。

14)三谷大河の評価と手応え2
体感的な手応えと、視聴率の数字には乖離感があった。
可視化されなかった手応えの例として上がったのは、吉川さんの通勤電車の中で毎週月曜日には女子高生が「昨日の土方が…」という話が聞こえてきた、と。あ…見に覚えが…
#真田丸 #吉川邦夫さん特別講演会
(いちぶ略)
17)三谷大河の評価と手応え5
組!から時を経て2010年代のドラマ。SNSが一般化し、twitter、FBなど反応が受けてから作り手に届くだけでなく、受け手同志で互いに届けあう文化が定着した。
見られ方の多様化を示すデータも共有が始まった。
#真田丸 #吉川邦夫さん特別講演会
みか @wdds_magir 2017-03-05 22:05:00
 
18)真田丸の見られ方1
総合視聴率という指標が2016年10月から測定を開始。リアルタイム視聴とタイムシフト視聴(7日以内の録画再生率)のいずれかでの視聴を示す指標。重複分は含まれない。ドラマ制作者が待っていた数字!!(特にNHKは……)
#真田丸 #吉川邦夫さん特別講演会
みか @wdds_magir 2017-03-05 22:07:50
 
19)真田丸の見られ方2
10/23放送分第42回「味方」(真田丸の中で最低視聴率)リアルタイム視聴だと13.0%、総合視聴率だと19%
同日同時間放送の日本シリーズ第2戦 リアルタイム13.8%、総合13.9%
#真田丸 #吉川邦夫さん特別講演会
みか @wdds_magir 2017-03-05 22:10:56
 
20)真田丸の見られ方3
今までの視聴率はなんかおかしいと思っていた視聴者の疑問が、これでわりとはっきりした。リアルタイムで見ている人と、録画で見ている人、いろんな味方がでてきた、視聴方法の変化がわかってきた。
#真田丸 #吉川邦夫さん特別講演会


過去のはなし。

再論『視聴率』は2017年も『人気のバロメーターの王様』であり続けるか?「トルネ」予約数とかyoutube再生数とか、「大河ドラマ」のBS視聴への分散とか - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20170103/p3
 
アプリ経由のTV番組「予約録画」数は集計でき、当然順位も分かる。しかし「視聴率」ほどの影響力はない…今後は? - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20161018/p2


とにかく、むつかしいのは、少なくともBS先行放送が始まった後の大河ドラマは…そのBS自体の普及、知名度や視聴習慣の定着も含めて…さらに「オンデマンド」が成立したあとは……旧来の視聴率の数字とイコールでは結べないということです。じゃあ、どういうふうに今後は人気を測っていくのか。

「兵頭正俊」さんって、どんな人なんだろう?フォロワー3万人。『最近は人工地震と北朝鮮のミサイル発射は、日本政治と絡み合って起きる』

「どんな人」て、自分で書いている。

兵頭ってどんな人? http://m-hyodo.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-2fe5.html

(略)
わたしは処女作で末川文学賞をとり、第2作で芥川賞をとるつもりでした。それで第2作の「霙の降る情景」は『文學界』新人賞に応募し、実際、中間発表に残ったのですが、それを知った立命全共闘の書記長から、
 「もう賞はいいから。それより発表することだ」
 と婉曲にたしなめられ、そういえば全共闘を書きながら賞を求めるのはヘンなことだと思い、その後は寄稿者に原稿料も払わない吉本隆明の『試行』の姿勢が気に入って、『試行』で作品を発表していくことになります。


 全共闘に影響を受けた青春は、大学を出ると同時に生き方を変えて、世の中に迎合して生きた、といったニュアンスの発言を、当時の大学教師がしています。
 かれらは警察権力を呼んで教え子を大学から追放した過去を正当化したいのです。しかし、かれらに大学を追われた後も、全共闘は個人の生き様のなかに、様々なかたちで立派に生き続けたのです。テレビに出たり、本を出すことだけが、人生の表現のすべてではありませんからね。

 大学院闘争委員会のレポート提出拒否闘争に賛成して大学院を中退した後、東京の中学校を振り出しに、神戸で高校教師をやりました。国語の教師でした。

(略)