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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

モチーフは「ポリコレ」か否か?「日没」(桐野夏生)を読んでみた。

たまたま「王様のブランチ」で内容を紹介されてから、当方の興味は一貫している。

桐野夏生氏の新作『日没』は「表現の不自由」がテーマ(王様のブランチ放映)/戦前的検閲か、ポリコレか…
m-dojo.hatenadiary.com

ま、タイトル通りなわけです。物語作家が、書いたものを理由に、どこかから圧迫、抑圧を受けて恐怖し、苦しむ…というモチーフだと。
その圧迫のモデルというかモチーフは「戦前の再来的なもの」なのか?「ポリティカル・コレクトとかキャンセル・カルチャーと称されるもの」、要は『差別的だ』といった形での抑圧か?

それについて、実際に読む前に、この本の噂を耳にした多くの人が、どっちだろーかと議論をしているように見えるのであります。
このまとめと、そのまとめについた、はてブでもそれでにぎやかでしょ。
togetter.com

b.hatena.ne.jp

そして冒頭ツイートの画像にあるように、そもそも書籍の帯にて「ポリコレ」「国家の圧力」を並列にならべておりますね。版元は、大岩波。


日没

日没

■推薦のことば

これはただの不条理文学ではない。文学論や作家論や大衆社会論を内包した現代のリアリズム小説である。国家が正義を振りかざして蹂躙する表現の自由。その恐ろしさに、読むことを中断するのは絶対に不可能だ。
筒井康隆

息苦しいのに、読み進めずにはいられない。桐野作品の読後には、いつも鈍い目眩が残ると知っていても――。自粛によって表現を奪い、相互監視を強める隔離施設。絶巧の文章が、作中世界と現実とを架橋する。
荻上チキ

個人的な価値観、個人的な言葉、個人的な行動をもとにして作品を創る。それは自由への具体的な希求であり表現だ。その基本がいつの間にか奪われ拘束される。『日没』は桐野夏生でさえ越えられない身のすくむ現実がすぐそこにあることを告げる。
石内 都

絶望の中でも光を探すことができる、と教わってきた。だが、この物語にそういう常識は通用しない。読みながら思う。今、この社会は、常識が壊れている。どこに向かっているのだろう。もしかして絶望だろうか
武田砂鉄

つづく。

1:まず、主人公が矯正施設に入った直接の理由は「レイプ」等の描写。64-65P

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桐野夏生「日没」主人公が呼ばれた理由

多田は、テーブルの上に積まれた私の小説を横目で見ながら、本や短編の題名を挙げた。中には、近刊の性愛を描いた自信作もあった。「そういう男を描きたかったから書いたのです。レイプという行為を肯定して書いたのではありません。私自身は大嫌いですし、これらの作品の中のセックスシーンは、レイプとは言えないものもたくさんあります」
「そうですかねえ」多田はわざとらしく首を傾ける。「割とレイプっぽく書いておられるように思いましたがね。そのものではなかったとしても、中にはレイプめいた性行為で歓びを感じる描写もありました。女性が腹を立てるのは、そのような、あたかも行為を肯定しているかのような描写なんです」
私は懸命に抗弁した。
「書いたからといって、肯定なんかしていません。小説は、全体でひとつの作品なのですから、その部分だけ、その言葉だけを取り上げて論ずるのは間違いです。文脈で読んでくれれば、その男女の関係がわかると思います」

(略)

「でも、レイプはレイプでしょう。男が力ずくで女をやる。いや、逆もあるか」
(略)
「誤解のないように言っておきますが、ブンリンはレイプを書くな、と言ってるんじゃないんでレイプは犯罪ですから、結果としてレイプを非難する作品ならば許されるんです。つまり、作中で犯罪を正当化しないで、告発するような内容だったらいいんです。先生の作品は、まるでレイプが正しい行為のように書いてある」

2:ヘイトスピーチ規制が拡大解釈されこうなった、との設定。/一方で主人公は「ヘイトスピーチは表現ではない。それと芸術表現を一緒にするな」との立場。少し遡り60,61P

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桐野夏生「日没」ヘイトスピーチ

「一年半前に、ヘイトスピーチ法が成立しま したね。これを機に、ヘイトスピーチだけでなく、あらゆる表現の中に表れる性差別、人種差別なども規制していこうということになったのです。それで、私どもは、まず小説を書いている作家先生にルールを守って貰おう、ということになったのです。それは法的根拠としてありますので、私どもは違法行為をしているわけではない」
「でも、私たちは差別しているわけではないです。作品の中で、差別的な人間を描くことだって あるでしょう。それが違法だと言うのですか?」
「はい、表現作品はすべて一律に適用されますので、基準を過ぎれば違法行為ということになります。ブンリンでも調査機関を作り、広く読者から意見を求めたんです」
滅茶苦茶な話だった。ヘイトスピーチ法を成立させる代わりに、表現に規制が及ぶのでは、と心配した作家は何人かいた。しかし、ここまで拡大解釈されるとは思わなかった。権力は、ひとつ妥協すれば、ひとつ罠を仕掛ける。完全に嫌がらせであり、自由の後退だった。私もその民を危惧した一人だったが、現実になるとは予想だにしていない。
「そもそもヘイトスピーチは、表現ではありません。あれは煽動です。差別そのものです。でも、芸術表現は創作物なんですから、創作者が責任を持つものです。一緒にするのは間違ってます」

このモチーフは後半、もう一回語られる。295P

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桐野夏生「日没」ヘイトスピーチ

3 他の登場人物として「反原発小説を書いた人」「歴史小説で蔑称や、差別的言辞を口にする人物を書いた人」が収監されている。184P他

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桐野夏生「日没」歴小説


※余談だが自分自身を「私には差別意識は皆無である」と断言する、ってのは最近、それで炎上した芸能人がいたような…。
なお、反原発に関しては「反原発小説を書いた途端に呼び出しをくらって、放っておいたらここに収監された」と1行で済まされている。274P

4 収容側が「奇妙な思考」(ここに収容すべき思想表現)の例として以下のようなことを挙げている

「凶悪犯罪への執着、激しいヴァイオレンス、ペドフェリアなどの異常性癖をテーマに取り上げること、差別の助長、倫理性の欠如、国家への反逆、そして反社会的な思考」P302



さて、「ポリコレ的な規制」か、「戦前的な弾圧」なのか。ほかにも数か所関連した記述はあったような気がするが、少し流し気味に紹介した。


自分が、一番似たような事例を最近で思い浮かべると・・・・・・・・

これをめぐる騒動じゃないかい??

愉快犯の罠

愉快犯の罠

  • メディア: Prime Video
togetter.com


作品全体の感想。 あまり「思想対決、作中議論」に期待しないほうがいい。「監禁され、理不尽な目に合う物語」として読むべきかも、だが……

・最初にリンク張った過去記事で、自分はこれが「白い服の男」「1984年」「公共考査機構」「48億の妄想」のような、言論や思想をじわりじわりと追い詰めていくような、そんな話だと思っていました。そんな期待をしていました。


カフカの「審判」や安倍公房「人間そっくり」のような、不条理でのらりくらりとした議論、というか空回りするようなコミュニケーションが展開される、とかそういうふになるかも、という別の期待も。


・ところが、読んでみると…まあ主人公は思想的も論理的にでもない、基本的に監禁されて、食事や外出や外部との連絡を遮断される、そういう「物理的な迫害」に追い詰められるのがメインなんや。


・だから読んでると、また別の系統の筒井康隆作品や、かんべむさし作品を思い出したのよ。「懲戒の部屋」「傷ついたのはだれの心」「十二人の浮かれる男」みたいな、怖い話。かんべむさしの作品で、町内会の防犯組織が、たまたま偏執的な人物が集まってリンチ組織になる、ってのもあったなあ。


・しかしそういうんだったら、その種の恐怖小説もそうだけど、ソ連の収容所やナチの収容所、刑務所、あるいは捕虜収容所の中で日本人捕虜の中での陰湿なリンチ、暴力秩序が作られてく実録のほうが迫力あった、というのが個人的な感想。


・あまり評価できないのは、少なくともこの小説の中では、主人公も敵役も、みな頭が良くないです(笑)。だから「表現の自由」のテーマを議論するにしても一向に盛り上がらない。むかし清水義範が、これも架空の不条理で抑圧的な学校小説を書いたら、主人公と敵側は徹底的に議論をして、作者本人が「アクション・ギロン小説になってしまった」と書いたことがあったが、そこまでやれとは言わないけど、もっとこう、さあ…


・たとえば、ヘイト表現なら規制できるのか、に関して「ヘイトは作品ではない」「ヘイトスピーチは、表現ではありません。あれは煽動です」で終わっちゃあ、そりゃ作品の議論が盛り上がるわけはねーわな。


・作中で敵役と主人公がかわすギロンの水準は「創竜伝はかろうじて上回ってっているが、銀英伝よりかなり下」だと思います。わかりやすいようなわかりにくいような喩えだが、あえてそうする(笑)


・いや、思想的議論が盛り上がらないだけなら、それはいいんだ。桐野氏が本来得意とするだろう、ミステリー的な……監禁された主人公の反撃とか脱出とか、監禁する側の監視や弾圧のやり方、こういう部分にも、「うわ!あざやかだ!!」とか「うーむ、こんな巧妙な罠が」といった感じの、要はミステリーの本道的なところでも正直、盛り上がりに欠けると感じました。ちょっといいな、と思ったのは途中に出てくる「敵か味方かわからない人」の処理や、無理やり飲ませられる薬を、実際には飲まないで済ませるための工夫ぐらいかな。


・というか、そもそも主人公がこういう危険というか、やばい状況に陥るに至る経緯、理由も、一応は説明されているけど「かなり、この主人公は間抜けだな。〇〇をXXXしておけば、あるいはXXを◇◇すれば、こういう目に合わずに済んだのにね」という感想を持っちゃいますよ。別に「主人公が愚かだからこうなった」でもお話は進むけど、もっと「なんて相手は狡猾で、やばい奴らなんだ!これじゃ、まず主人公がこんな窮地に陥るのも仕方ない」と思わせた方が良かったはずなんだけどなあ。




・・・・・・・・と、思いました。
それでも、こういう本が出るのは、トータルでは悪くない、とも思っています。

この本をテーマに、この人たちと対談してみてほしい。

m-dojo.hatenadiary.com
で紹介したように、武田砂鉄氏とは対談しているけど、今後

石原慎太郎
小林よしのり
百田尚樹
らと対談してみてほしい。




(了)