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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「ビフォーアフター」で大ブレイク!獣神サンダー・ライガーの人間像とは。

この前、はじめて「劇的ビフォーアフター」って番組を見ました。
もちろん、題材がこれだったからです。

■闘魂は燃え尽きない/大改造!!劇的ビフォーアフター
http://blog.livedoor.jp/ryosijj/archives/52022696.html

日本で最も長い歴史を持つプロレスの老舗、新日本プロレスリング
過酷な練習を積む道場の隣になるのが、若手選手のクラス合宿寮。
40年前、アントニオ猪木邸を改築。以来幾多の名選手が巣立った登竜門だ。
ヤングライオンと呼ばれる若手選手が辛い練習、ちゃんこ番。
遠征のための荷物整理に洗濯と雑務に負われてきたこの寮も、時を経て老朽化。
壁に穴。鉄骨が錆び、ガムテープで補強するなど、倒壊の危機にさらされていた。
2013年。選手が安心して夢を追える寮にリフォーム完了。その全容は、これだ。

ところがふたを開ければ獣神ライガーならぬ、寮に住み着いた「住民ライガー」の独り舞台。
思わずtogetterにまとめたわい。

■「ビフォーアフター」で新日本プロレス寮が改築され、大喜びする獣神サンダー・ライガーへの反応
http://togetter.com/li/512769
2013年6月2日に放送された「大改造!!劇的ビフォーアフター 2時間スペシャル」で新日本プロレス寮が大改装。
この番組で一番おいしいところを持っていったのがおなじみ獣神サンダー・ライガー
・新日有数のベテランなのに寮に部屋がある
・なぜかそこで怪獣フィギュアを作りしかも超上手い
・リアクションがとんでもなくハイテンション
・しかし礼儀正しく、いい言葉で〆る
など、さまざまな突っ込みど…いや話題があり、人気ワードとなりました(笑)
ライガー」で検索した結果ですが、遡ると20時40分台のツイートが多すぎてそこで断念しました。また、途中から長文ツイートのみなどを抜粋せざるを得ませんでした

番組の詳細はカクトウログ
http://kakutolog.cocolog-nifty.com/kakuto/2013/06/post-a401.html
http://kakutolog.cocolog-nifty.com/kakuto/2013/06/post-2486.html

こういう反響を見て思ったのだけど、やっぱり、プロレスやら格闘技やら…別のもんでも全然いいんだが、こういうふうに一般のテレビかなんかをきっかけにネット、とくにはてブtwitterでも話題になったときは…、詳しい人は一からベタな話題を繰り替えすことを厭うてはならない、のだと思う。
マニアが前提にしてるあのこと…。それは周知の事実でもなんでもない
のでございます。
だから上の「新日の大ベテランなのになぜか寮に部屋」(種明かしすると家を奥さんの実家のある福岡に建てたから。いやそれでもヘンっちゃへんだけど(笑))「特撮フィギュアつくりが趣味」「ハイテンション」「ブラジリアン柔術紫帯」(これはテレビに出てないか)などはみな、マニアには周知の事実であっても、一般視聴者には斬新な情報なのである。そのへんはやっぱり、一からネタにしてつぶやかな。
なんでもフィギュア系のイベントでの有名な逸話として

「すげえ!あの人、気合の入ったライガーのコスプレしてるなあ」
「バカ!本人だよ」

というのがあるんだって(どこかのはてブで読んだのだが…正確な場所を忘れてしまった)

そういう点で、風呂場の浴槽が映り、
その浴槽が改装後も残ったときに
プロレスファンが

風呂場がジェットバスになったのは微笑ましかったが、かつてあの風呂場で、ライガーと船木が新弟子沈めて蓋閉めて遊んでたんだなーと、ふと思い出した。

という話をいくつも一斉ツイートしたのは良かった(笑)

ライガーの怪獣造形の腕前について

いや、これも自分は90年代の知識しかなかったので、そもそもその趣味をまだ続けていることと、腕前と数については自分もびっくりだったよ。というか実際に映像で見ると、おどろくわー。
本当はあのtogetter、そのテーマだけに集中させたかった。いやスピンオフ企画として、togetterで、「ライガー」+「怪獣」「特撮」などの2語のキーワードで検索すれば面白いかも。

【追記】なので作ってみました
■「ビフォーアフター」で話題の獣神サンダー・ライガー〜特撮系反応編
http://togetter.com/li/513302

で、ぼくが1990年代になんでライガーの趣味を知っていたかというと、別冊宝島の長文ルポでライガーを特集していたから。
そこですでに怪獣人形を作っていたのだよ。
うーん、その収録ムックがなんというタイトルだったかは…
「超プロレス主義!」「プロレスに捧げるバラード」のどっちかなんだが、どっちかいつも忘れてしまうな。おまけに自分の蔵書は例によって「どこかにあるが、それがどこかはわからない」状態で確認はむずかしい。
知ってる人は教えてください。…で、原文は示せないが、いまでも鮮明に覚えていることがある。
インタビュー当時、ライガーは市販のガレージキットを中心に作っていたんだが、そうではなく、(今回のビフォーアフターのように)一から粘土で怪獣を作り始めた時代だったらしい。
たしかこんなことを言ってた。
「ぼくはフルスクラッチで、怪獣を作り始めたんですよ。ザザーンなんですけど」
インタビュアーもおどろいて
「ザザーン」であることにくいついて長く記述していたから間違いない。
ウィキペディアの「ザザーン」

第1話「怪獣総進撃」に登場。
身長:50メートル
体重:1万2,000トン
東京湾に突如出現した怪獣。体中に海藻を巻き付けたような姿であり、大きな唇を持つ。同時に現れたタッコング隅田川河口付近で戦い、その中で勝鬨橋を破壊したがタッコングのパワーの前に倒された。
スーツアクター:菊池英一
同年、東宝から『ゴジラ対ヘドラ』という映画も公開されており、公害問題を背景にした怪獣の一体。
番組開始前の宣伝では海草怪獣の別名で紹介されていた。
NGスーツでは目が見える造形になっていた。
「怪獣音頭」にて「”何にも出来ないお人好し”」、「”長い髪の毛振り乱し、いつも泣いてる弱いやつ”」と紹介されていた。

映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』ではベリュドラの左腕を構成する怪獣の一体として姿が確認できる。

怪獣音頭のライム(この用語を使い始めました)、ザザーンのDisりぐあいはギャングスタなみですよ。ここまでウルトラ挿入歌で罵倒された怪獣はいない。
ただザザーン……実は極めてインパクトの高い怪獣だ。ヘドラとならぶ公害の怪獣だし、帰りマンの第一話に登場、「怪獣vs怪獣」を冒頭に見せるという・・・負け役だが、これほど目立った悪役はいない。
てか、見た目の怖さは俺はウルトラ歴代ベストテンに入ると思うぜ。個人的ランキングでは3位。1位はノーバ、2位ブニョ。この2強はUFCのヘビー2強なみに他を引き離してはいるが…

うわっ!こわっ!!
ちなみに20年経ってもインタビューでの「フルスクラッチで作る」の意味が良くわからない。検索すればすぐわかるのだろうが、これは別にいいや。意味がわからないなりによく覚えている。

ライガーとハイテンション、そしてそのプロレスにおけるカリスマ性について

ライガーのハイテンション、で個人的に覚えていることをふたつ。
ジュニアヘビー級で多団体があつまり、ワンナイトトーナメントを行うという「スーパーJカップ」第1回。いまのように団体間の垣根はそう低くない時代・・・というか彼らがその垣根を壊したのだ。

このイベントは自分は市販ビデオで見たのだけど、ライガーは準決勝でグレート・サスケに敗れる。そのときの敗戦の弁がたしか「最後の丸め込み技は入ってないよ!」だったか「俺の技で先に3カウント入ってるよ!」だったか……ただこれはいやみな抗議や負け惜しみじゃなくて、そこから「あーくやしい!今度は俺がみちプロに乗り込むしかないな?」みたいな感じで、このジュニア交流を盛り上げる流れであったことは明白だった。

そしてそれから何年後になるのか。
鈴木みのるvs佐々木健介が流れたときに、「ガチ格闘技参戦」に真っ先に手を上げてパンクラス参戦。そのときの参戦表明記者会見がハイテンションだった。いや、というか「佐々木健介との試合キャンセル発表」という公の場でとーとつに「俺でよければみのるの相手になるから!」と言い出して、試合が決まったんじゃないかな!ガチ試合がだよ!!

http://rosso3p.s12.xrea.com/dueltalk1021.htm
…だが、佐々木健介の足の怪我および新日本内に現れた外敵(魔界倶楽部、高山、藤田など)退治を優先させたいとの事で健介が試合をキャンセル、新日本プロレスの上井取締役と獣神サンダーライガーパンクラス事務所に謝罪をする事となる。
ここでなんと鈴木の新日時代の先輩でもあるライガーが急遽「オレでよければ!」と鈴木に対戦要求!鈴木も考えた末に「最後の新日魂を見た!」とライガー戦を受諾。11.30は鈴木みのるVS獣神サンダーライガーとなった。

…その試合は秒殺されたけど(笑)、それがきっかけで鈴木みのるという得がたい人材がプロレスに戻ってきて、もうトータルでは何億の経済効果があったかわからん。
D

ついでにその悔しさでライガーブラジリアン柔術をはじめて今は紫帯。グラップリングだけで鈴木みのるvs獣神サンダー・ライガーの再戦があったら勝敗は分かりません(笑)

■昨日の自分より強くなる…獣神サンダーライガー、こつこつ柔術続けて紫帯に。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110318/p1
柔術紫帯のライガーvs鈴木みのるのキャッチ。組み技再戦の機は熟した!(ゴン格)
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110523/p1

ただ、それはどーでもいいんで。鈴木みのるとの試合は格闘技だから違うけど・・・いや本質は同じかな…
それより第一回スーパーJカップに戻るけど、当時はプロレスの「流血の魔術、最強の演技」ぶりについては意識をしていなかった。だけど、そういう意識で見直すと…いまでも大変ぶりは変わらないだろう。多くの団体のエース、若手、ベテランが入り混じり、そしてトーナメントでそれぞれの勝敗と優勝者を”決めていく”んだぜ?
いやマジ、ガチで勝敗を決めるほうが何倍もラクじゃろう。

そしてグレート・サスケが県議会議員になるほど上にいけたのも、もちろん試合内容が評価されたこともあるけど、スーパーJカップ準決勝でライガーに「勝った」ことは間違いなく大きな意味を持っている。
いやほんとに、Jカップ参加者のほとんどが付加価値をつけて帰っていった。あのイベントはもっと再検証されるべきですよ、G-spiritあたりで。

その後、ひそひそ話というか…そこはかとなくつたわってくる評判というか…それで聞くライガー評ではこういうのがある。

ライガーさんは、若手がここで勝てばステップアップする!!というようなところで、かなり寛容に勝ち星を譲ってくれる。そのおかげでスポットが当たって出世街道に乗った、という人がたくさん要所要所にいるから、ライガーは尊敬されていて影響力も強い」


これに反対するうわさもきくけど、スーパーJカップの光景を見ている自分としては、上の話を肯定したい。鈴木みのるとのMMA試合だって、本人は「勝つつもりだった」といってるけど、リスクを普通に見据えれば、そこでライガーが出て行く義務は全く無かったのだから、やはりライガーの価値観はかなり「勝ち負け」を超越しているのだろう。
てか勝ち負け的な体面にこだわっていたら、福岡で一般の道場生にまじってこつこつBJJのスパーとかしてない(笑)。

この「柔術ライガー」に関するインタビューは極めて感動的なので、ぜひ機会があったら読んでほしいものです。

反響記事へリンク

http://blog.livedoor.jp/ryosijj/archives/51850513.html
福岡で自主練習中、同じジムの人に誘われる形で市民体育館で行なわれていた市民サークルに参加。
ここで神田武さん(現・アクシス柔術アカデミー福岡代表)と出会い柔術と出会う。
プロレスを知らない神田さんは、ものすごい筋肉の人がいることに驚くも、
「いつも赤いコスチュームを着ているプロレスラーのライガーさんです」と教えられると、さらに輪をかけ、クリビツギョーテン。

神田さんがジムをオープンすると、二つ返事で会員に。「もうねー、胴衣でゴロゴロ転がされるのが面白いんですよ!」
福岡で初のブラジリアン柔術道場の創設メンバーとなる(生徒として)。
(略)
「面白いから。僕の中では面白いからやる、ってことしかないんですよ。で、後づけで『ナイフは隠し持っていたほうがいい』とか言いますけど、でも基本的にやってみたら面白い、すごい、って思えたからやる、動機は本当にそれだけなんです」

柔術の実践者、指導者も感銘。

http://ameblo.jp/axisfukuoka/entry-10878224258.html
ライガーさんに帯叩きさせていただいたのも、光栄な想い出です。

考えてみれば、過酷な全国興行(時にはメキシコまで、、、)を続けながら、
今でも柔術の練習を続けているって、本当にスゴいことだと思うんです。
夢を与える仕事に体を張って、ハンパじゃない肉体労働ですからね。

http://tfbjj.doorblog.jp/archives/52160660.html
6ページにわたるインタビューでは柔術の良さを熱弁!
うれしすぎて書面を見て泣きそうになってしまいました。

僕は中学校1年生の時に当時夕方4時にやっていた「ワールドプロレスリング」のライガーVS佐野直喜(元 佐野巧真)を見てプロレスファンになりました。
そんな憧れのライガーと同じブラジリアン柔術をやっているなんて夢のようです。
いつか一緒に練習をする日が来ることを夢見ています。


柔術の話はおいておいて、もう一回プロレスの・・・特にアップダウン(勝ち負け)の話に戻る。
これも一説だが、一時期…まさにJカップのころ?、ライガーは新日ジュニアヘビー級におけるマッチメーク権を委譲され、選手の勝ち負けを決める立場にいた、という情報を聞いた記憶がある。(うろ覚えです)
だとしたら、かなりライガーは大胆に…そのころ新日が呼び込んだインディ・ジュニア選手に「負けて」いた気がする。さらにいえば新日の若手にも「負けさせていた」んじゃないだろうか?若手に不満の気配も見えたが、さらに率先してその若手にもライガー自身が負けて・・・結果、当時の新日ジュニアは、飛びぬけた無敵のエースはいない代わりに、誰が勝ち抜くかわからない戦国時代と化していた!ナインティーオールジャパンも伝説だが、「ナインティ・ニュージャパンジュニア」といえばそれにひけをとらない歴史的ブランドだ。


「当時のマッチメーカーライガー本人」説の真偽はともかく、仮に違う人が担当でも、それなら当時筆頭格のライガーが、他人の決めた負けブックをちゃんとこなしていたってことだから、どっちにしてもやはり、ライガーは日本メジャー団体のトップの中では最も”負けにこだわらない”タイプなのだと思われます。

だからさっきの「スーパーJカップを再検証したら面白い」というのは…大会社の中でベンチャー的企画を立ち上げ(他団体を見下す傾向のある長州力はひややかだったとか)、外部業者に協力を求め、そこでのマッチメークでの諸要望を仕切り、肝心なところでは自分が泥をかぶり(準決勝で負け)、そしてその企画を大成功に導くだけでなく、その後の潮流を根本的に変えていく(団体相互交流と、インディー・メジャーの「格」の違いの解消)・・・。

そんなね、嫌いな言い方だが「ビジネスの参考になる」話的な売りというか・・・そんな裏話を知りたいと思うのです。

ただライガーはバックステージの公開に対しても古風だから、へたにJカップスペル・デルフィンが参戦して準優勝した「ベスト・オブ・スーパージュニア」のアップダウン(勝ち負け)に関して直接たずねたら掌底が飛んできかねない(笑)。

このへんはほんま、G-spiritの中の人とかに期待したい。

てか、あれだ。昨日「1964年のジャイアント馬場」が始まったばかりだが、その作者にとは言わないけど、J-CUPの始まった年に焦点を当てて…


こういう本が読みたいなあ。来年20周年になるんだし。



そんなことを、話題になったライガーの、人間像の一端として考えました。