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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

小松左京逝く。薄い読者の、ごく一般的な思い出

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110729k0000m040061000c.html

日本沈没」など未来を予見したかのような数々のSF小説を残し、小松左京さんが26日、亡くなった。膨大な知的エネルギーと森羅万象に対する好奇心と冒険心に満ち、「ルネサンス的巨人」「人間コンピューター」などの異名を取った小松さんは、東日本大震災にも心を痛め、最期まで日本の未来を考え続けていた。

 小松さんの秘書によると、大阪府箕面市の入院先で今月24日、付き添っていた家族に、東日本大震災についてこう語ったという。「今は大変な時期かもしれないけれど、この危機は必ず乗り越えられる。この先、日本は必ずユートピアを実現できると思う。日本と日本人を信じている」

80歳でなお健康、元気いっぱい、という感じでは無いとは分かっていたからついに、という思いだ。

以前書いたかもしれないが、自分は読書体験のかなり早くがSFを通じてであったが、いわゆる「SF御三家」のうち星新一筒井康隆は図書館に全集があったが小松左京のは無かった、という単純な理由で、彼の著作自体は代表作も含め読み逃しが多い。
そういう不熱心な読者ながら、それでも氏の、「社会を巻き込んだミリオンセラー」としてはおそらく最後であった「首都消失」はリアルタイムでブームをくぐった世代だし、そのほかのシミュレーション的な作品「こちらニッポン…」「明日泥棒」「日本沈没」「見知らぬ明日」なども楽しく読んだ。

SFを「シミュレーション・フィクション」と読み換える言葉遊びも一時はやったけど、自分に取っての小松SFはやはり一に、社会的な意味を持つ「もしも・・・」な巨大状況を想定、その中でどういう風に個人、社会、体制、経済が動くかをできる限り緻密に想定したシミュレーションとしての面白みだった。
その一方で、ならばもっと行政に精通した官僚や学者が書くとさらにそういう小説はおもしろいかというとそんなことはなく(※堺屋太一を想定してマース)、やはり小松左京ならではのセンス・オブ・ワンダーがあってこそ、というのも分かった。

上に挙げた、好きな作品は他の人から見ると「日本沈没はともかく、他はシミュレーションというジャンルじゃないんでは?」と思うものも多いでしょうね。
でも
「こちらニッポン…」は「物品とインフラはそのまま残っているけど、それを支えるヒト(専門家も当然含む)がいきなり消えた時、ごく少数の人間集団はそれを利用・維持できるか?という、無人島や漂流船内のサバイバルとは一味違うサバイバル状況を着想。合わせて「社会の維持にいかに人間が必要なのか(最低限の人数の場合は何を確保すべきか)」を描いていた。


「明日泥棒」は、パパラギじゃないけど、人間の文明をまったく知らない(いや、なぜか偏ったへんな博識さは有るんだが)へんてこ宇宙人の来訪を想定、この宇宙人の「オー!!XXはXXXXなんですね」という珍妙な解釈が、そのまま風刺になる・・・という部分がメインなんだけど、「突然世界中の爆発物(核兵器、爆薬など)が使用不能になったら国際政治のバランスはどう変わる?」という面白いIfを提示してました。
これ一本に絞ってもらっても面白かったような気もする。


「見知らぬ明日」は、文革時代の中国国内に、よりによってUFOが飛来するというIfを提示し、「全体主義国の情報隠蔽と遮断によって、人類全体を揺るがす大事件なのに世界は真実を知ることができず、有効な手も打てない」というシチュエーションを設定。それが発表後かなりしてチェルノブイリで現実となり、民主体制ながらフクシマでまた一部ながら、現実となっている。

また、UFOが一つの新興パワーになっているとき、国によっては従来の国際対立のほうを優先させ、こっそりUFOと手を組むことを考えている、という話も実は「あるある」っぽくて面白かった。
でも最後に、人類がそれを乗り越えて結束・反撃するクライマックスは、それゆえに燃えるのだが。

楽観主義と好奇心と

これも以前紹介したが、結果的には晩年の著作となった鼎談集「教養」を見る限り、小松氏は基本的に科学・技術には最後の最後で期待を寄せており、またその一方で「恐竜だって何だって絶滅したんだから、人類だって絶滅するじゃん、最終的には」という諦念から、一回りして「科学も技術も、突っ走れるとこまで突っ走れやーーー」的なイケイケ感があったような気がする。

氏の膨大な著作を読み直さないと、これはあくまで断片、撫でた象の一部分・・・かもしれないですが。
ただ、それは限界であると同時に、小松氏の明るさの源泉でもあったような気がします。


その「教養」では、これまた何度も紹介した「小松左京の好奇心」のエピソードが特に心に残ったわけです。
■好奇心の阿修羅、小松左京
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20060830/p3

またこれも何度も紹介したが、90年代初頭、「機動警察パトレイバー」を連載中のゆうきまさみ小松左京が対談し、小松左京が「あがり」ではなく完全な現役漫画ファンとしてふるまった対話・・・
これが運良く、「ゆうきまさみ年代記」に再録され手に入りやすくなっているので興味のある方は一読を。

ゆうきまさみ年代記 (少年サンデーコミックススペシャル)

ゆうきまさみ年代記 (少年サンデーコミックススペシャル)

http://slashdot.jp/articles/11/07/28/0626257.shtml
つい先日、ようやく「ゆうきまさみ年代記」を読んだのだが、その中でゆうきまさみ氏と小松左京氏の対談があり、「劇場版パトレイバー the Movie」が公開される以前に、レイバーとコンピュータウィルスに関する視点を提示していて驚いた。対談は劇場版の公開の数ヶ月前だったから、もしかすると小松氏は既に劇場版の脚本について情報を得ていた可能性もあるが、にしてもその当時 (1989 年) に 58 歳だった小松氏がまだまだ一般的でなかったコンピュータとウィルスに関して嬉々として語っているのを読んで、ああ、やはりこの人は恐ろしいと思わされたものだった。

ともあれ、偉大な巨人、巨星だった。
どうぞ安らかに。あなたの作品を、伝えていきます。