「サーバル」氏は立ち技の実践者でもあり、同時に論客ぶりを認められ、Dropkickにも登場したりしている。その彼の提言
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朝倉海がUFCにて跳ね返されていることで、ボクシングファン側からのこんなツイートを見た。「世界へ出たら通用しないんだろうけど、とりあえずRIZINという枠で囲って、その中だけで試合をさせて。売り方が上手ければ、あのぐらい商売として成立するっていうのもどうなんだろうね」とあり。1/12
— サーバル (@serval87) August 20, 2025
言いたい気持ちはよく分かるのだが、私には現在日本のボクシング界があまりにも黄金時代過ぎ、ファンも感覚が麻痺気味の気もしている。そこで見落とされている視点がある気がして、今回これを書く。近い将来、井上尚弥の引退と共に、必要な視点となって来るのではないかと私は思っているからだ。2/12
競技的にはもちろん、世界最高峰の舞台を目指すべきなのだろうが、そこに客がガンガン入って来るかといえば話は別だ。興行というのはそう簡単でもない。現在、井上尚弥という特異点のみが、世界のベルトを片っ端から集めながら、かつ客もあふれ返りチケットが足りない。ただし、永遠ではない。3/12
井上の他には中谷にしろ、寺地にしろ、ベルトを束ねる強い世界王者を擁しているが、こちらは井上程のチケット争奪戦にはならない。というよりも、かなり販売が苦戦していると聞く。さらにそういった選手達さえも去った時、当たり前のように世界王者があふれ返った時代から遠ざかる場合もあるはず。4/12
その際でも、RIZINのようにさいたまスーパーアリーナとは言わないが、国内試合でボクシング界は客が入るようにしないとまずいのでは。現在、日本や東洋のタイトルマッチを複数並べながらも、空席が目立つ後楽園ホールをボクシングファンはどう考えているのか。RIZINを下に見ている余裕はあるのか。5/12
RIZINが「売り方が上手ければ、あのぐらい商売として成立する」のであれば、私はボクシングは「売り方が下手過ぎて、いいカードを並べても後楽園も一杯に出来ない」と常々感じている。では世界王者になりさえすれば、有明アリーナを軽く埋めるほど客が集まるかと言えば、そんな事もないと述べた。6/12
昭和の頃、娯楽が違ったとはいえ、金子繁治が東洋フェザー級王者の頃は、世界まで行かずとも東洋王者になれば家が立つと言われた。いい国内ダービーのボクシング試合には、RIZINトップの面々に負けないファイトマネー、試合の場が用意されて欲しい。ボクシングファンの皆さん、そう思いませんか? 7/12
例えばRIZINにて「井上直樹VS元谷友貴のタイトルマッチだ」となればファンが大勢集まるように、「佐々木尽の東洋タイトルマッチだ」となりいい日本人相手に恵まれた時には、後楽園ホールではチケットが足りないほどに人が集まって欲しいわけ。「世界にあらずんば人にあらず」の感覚は恐いと思う。8/12
RIZINのように「榊原一座」としてのコンパクトさがないボクシング界は、選手1人1人にキャラをつけ「満を持して」組むようなカードは作りづらい。しかし逆に言えば、これだけ選手がいるのだ。その中から選手を発掘し、喧伝する努力をボクシング界はしているのか。RIZINほどしてはいないだろう。9/12
後楽園ホールの試合では、平日だというのに22時近くまで試合がダラダラ続き、「とりあえず並べてみました」的なカードが続いて行く。興行をパッケージとも考えず、身内客は帰りたきゃ帰れの精神で、閑古鳥が鳴く中で黙々と試合を続けるメインイベンター達。私はRIZINを笑えないと思うよ。10/12
薄暗い場内では、リング上の試合を横目にリングサイドのパイプ椅子のそこここにて、耳打ちし合う会長連達。RIZINが第1試合から埋まった客席に向けエンターテイメントの幕開けを宣言するのとは真逆で、言い方は悪いが「発表会」がないと腐るので選手に試合をさせてる傍ら、会長連は情報交換会だ。11/12
同じ趣味を持った人々で集まり、同じ話題で楽しむご老人の慰安会の様で、それにリング上の試合がオマケでついて来るよう。選手は手売りで身内を呼び、試合が追われば身内は帰って行く。「そんなことはない。RIZINは見世物、ボクシングは本物」。この状況でもボクシングファンはそう思いますか? 12/12
