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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「野武士のグルメ」は「孤独のグルメ」を超えている、と思う……定年後の人生、迷いつつ楽しんで、食べて…

昨日3月31日、夕方頃、花束を手にして駅方面に向かう背広姿の年配者が目についた。
ああ、おそらくは本日付で定年退職されたかただろうな、と思い、遠くから敬意を表した。


そんな方々はどんな想いとともにこの新年度、4月を迎えただろうか。


そんな方にお疲れ様の意味を込めて是非読んで欲しいのが、「孤独のグルメ」「花のズボラ飯」「食の軍師」などなど一連の食べ物漫画で新ジャンルを確立した久住昌之が原作、惜しくも2018年に逝去された 土山しげる が絵を描いた「野武士のグルメ」である。

最初このタイトル「野武士のグルメ」を見て、「あー、どうせタイムスリップした誰かが戦国時代か江戸時代の料理を食べたり、逆に現代料理をその時代の人間に食わせたり…或いは侍がこっちの時代に来て当時の料理をこしらえたり今の料理にびっくりしたり…そんな話なんだろ??」と先入観で思い込んでしまい、それならわざわざ読む必要もねーか、と思っていました。
いや、俺ワルクナイ。だって、そういう作品が山ほどあるんだよ本当に。
その山の中には、確かに読むに値する面白い作品、良作もあるんだが……


ただ、今から語る「野武士のグルメ」には、そんな様子は欠片もない。
じゃあ何なんだ「野武士」って…かと言うと、これが最初の話に繋がるんだが、主人公はこの前、会社員を定年退職したばかりの…、リタイア世代の60歳なのだ。
その人、香住武さんが自分のことをふと分析した時「俺はいわば、浪人……いや浪人じゃイメージが悪いな、じゃあ何かな……俺は野武士だ!!」と自称するようになった、というだけの話(笑)。

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野武士のグルメ 定年すれば昼からビールも可能


悪くない見立てだけどさ、それをタイトルにするのは、どうか(笑)


だが、 そんな強引と言うか、いやや自意識過剰なセルフ見立てをする六十歳の男性が主人公だからこそ描けるドラマもある。

第1回では、 その土地に引っ越してから15年も経った定年直後の9月……、 それまでは通勤駅への近道として足早に通り過ぎるだけだった公園をゆっくり探索、 木の緑の色や、池が反射する太陽の光を改めて実感する。
そんな中、小腹も空いた香住さんは公園すぐそば、いや公園内の小さな食堂に入り、ごく素朴な焼きそばを注文。そして……「定年」のありがたさをしみじみ享受するように、昼からビールを一本注文し焼きそばをアテに一杯やり始めるのだ。
夏で開きっぱなしの扉はまるで舞台であり、公園を行きかう人々の”人生芝居”を、その人生の「主戦場」からひとまず降りて、のんびりした席から酒とともに眺める主人公……。

そんな自分の立ち位置を、「いいもんだな」とひとまず総括し、その一方で「六十歳。肩書きははなくなったが、俺の人生まだまだこれからだ」 と、不思議なやる気をかきたてる彼。新たな起業や再就職を狙うのではない、そんな「昼からのビール」や「街を行き交う人々の観察」でも、残りの人生を謳歌できることに気づき始めたのだ。
昼からのビールは、原作者は仕事でもフツーにやっていることは言うな(笑)。いやあれは「麦スカッシュ」だったか(笑)


そしてふらりと外へ出かけては、気兼ねなく、その時に食べたいと思ったものを食べる楽しみも…。たまには家で、慣れない調理用具に奮闘しながら自分好みの一品を作ったりする。
ちょっと友人宅へ遠出して遅くなった時は、頑張ればその日のうちに帰れても「駅前の民宿」に一泊、
アジの干物に味噌汁の朝食を満喫しつつ、高校生時代を回想する。

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野武士のグルメ 定年後はふらりと一泊
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野武士のグルメ アジの思い出

これまで縁が無かった読書にも挑戦、むかしからの友人のススメに従って、教科書に載ってたような「堅苦しい」イメージの文学者のエッセイが、純粋に面白いことに気づいたり…

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野武士のグルメ 定年後は読書

そんな楽しみを、とまどいながら少しずつ習得していく。その心の拠り所に「俺は野武士だ」がなっていくというわけです。


と言ってもQUSUMI作品らしく、主人公の 「自意識」がいかにもせせこましく、理想の野武士とは正反対の小市民っぷりであり、そこはまだ孤高のヒーロー感がある「孤独のグルメ」よりさらに面白い。
しかもその自意識が、昭和平成でサラリーマン生活を送ったお父さん世代のそれそのものだから、奇しくも「令和との答え合わせ」となっており、その辺がまた別種のスパイスともなっている。


例えば親戚の娘さんが友達と一緒に上京してくるので、何かご馳走してあげればという時に「そうだこの機会に(お店の)すき焼きを食べるチャンスだ!」となるのはいいが、あちらさんが飲み物について「お茶でいいです」というと、「こちとらビールが頼みにくくなる」と内心でぼやく。野武士なら、相手がお茶だろうがなんだろうが好きなものを飲めばいいだろうに、そんなことが気になるのだ。
茶店でのホットケーキ、肉屋でコロッケ一個だけ買う、帽子とサングラスでイタリアン料理店に入る……。

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野武士のグルメ コロッケ買うにも周囲の目が…


そんなことでいちいち葛藤し、周辺の反応を気にして先回りしてしまう…そんな意識を「いやいや俺は野武士だから」の自己暗示で振り払う…
この無限ループがなんともおかしくいとおしい。

これがたまの自宅・自作料理となるとさらにおかしく、自宅で1人のときに、アメリカでは一般的な商品らしい「キャンベルの缶トマトスープ」を、そこはかとない海外への憧れを込めて温めて食べてみると「うわなにこれ!マズい!!」となる。
でももったいないからこれを美味しくするために何か入れよう…とやってるうちに、最後はライスカレーを作ることになってしまう。その手際の悪さと言ったら、もうね(笑)

肉を入れるにしても「あ、忘れてた!」「薄切り肉が冷凍庫にあるけど、凍ってるな」「切って入れてしまえば溶けてしまうし、いつ入れたかなんてわからない!」…とドタバタだ。

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野武士のグルメ カレーを作る手際の悪さが一級品

そうかというと、前日に海外のテニス大会をずっと夜更かしして見ていたら、次の日は逆に早めに寝てしまい、、夜中にむくりと目が覚めて小腹がすく。「台所に何かないかな…」から始まって、ちょっと一杯と同時にこの一品を、それにひと手間…とやってくうちに、大料理大会&台所散らかし大会になってしまうのは、楽しそうでもあるし、この作品では敢えて顔を描かない奥さんの立場から見たら……だろう。
そうやって一人で料理を作るのは楽しいけど「あまり料理ができるようになると、女房に毎日の料理もやるよう頼まれかねないから」という勝手な理屈を唱えたりするところは、クッキングパパほどにもいわゆる”価値観のアップグレード”がされてないってやつである。


おにぎりは、だれかが(って奥さんだけど)作ってくれて、何の具かわからないままで食べるのがサイコーにおいしいのだと。自分で作ったり買ったりすると、「謎が無い」のだと。

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野武士のグルメ おにぎり論

でもそんな手前勝手なわがまま(内心のつぶやきではあるが)に読者らが突っ込むことも含めて、この漫画の存在価値があるのだろう。

ただまぁ、 そもそもにして思うのは、やはりこの60歳にして定年退職し再任用へ再就職も考えていないこの方は、まずは相当な経済基盤があるんだろうな、ということ…まあ、QUSUMIグルメ漫画はどんなにそこで考えることがせせこましく、小市民的であったにせよ、ある程度の経済的基盤がない限りは成立しないことも間違いない。
今定年60歳で、ああもゆうゆうとしていられるかなあ。アソ―財務大臣閣下の仰る通りに2000万円の資産をため込まないといけないのだろうか。…この話、やめやめ!



そういうことをひっくるめてトータルで見ると…実は自分は「野武士のグルメ」は、世間一般に圧倒的な知名度のある「孤独のグルメ」を超えたクオリティだと思っている。

おいおい、そんなことがあるのかい?と思ってる人は、どうか実際に読み比べてください。
その結果、「野武士」を上とするのも「孤独」を上にするもよし
「読んでみたけど、結局同じようなことやってないか?」という感想もまたよし(笑)

あとひとつ。
「野武士のグルメの話なら、なんであの回のことを語らないのか。タン……」と思う人もいるでしょう!! あれは語ることがありすぎるので別建てにします(笑)。


とりあえず本日は、2020年度を以てお仕事の人生にピリオドを打ち、本日からハッピー・リタイアメントの新たな人生に踏み出すご高齢の方々へのエールとして、同じく定年退職者を主人公とした「野武士のグルメ」をまずは紹介させていただきました。

(了)


上引用にあるように、平野耕太がツイートで語ってたけど、竹中直人主演でネットフリックスで配信してる?(知らなかった)
www.youtube.com