http://gbring.com/sokuho/news/2011_12/1202_pancrase_02.htm
修斗を主戦場にし、パンクラス3戦目でタイトルに挑戦する阿部に対し、砂辺は「修斗からの外敵からパンクラスを守るためにパンクラスのベルトを獲ります。阿部選手を修斗までぶっ飛ばします」「修斗でダメだった(2010年7月当時、修斗世界王者だったランバー・ソムデートM16に挑戦するも1RTKO負け)からパンクラスに来たような選手に負けたくない。オレは昔からパンクラスのヒーローを目指してきたので、(ベルトを)獲るぞ!」と敵意剥き出しのコメントを連発させる。
一瞬、むっとした表情を見せる阿部だったが、「格闘家としての集大成的な感覚で全部を(砂辺に)ぶつけたいと思います・・・(略)」
どっちがビスピンでどっちがメイヘムか。
日本ではまだまだ少数派に位置する、挑発的な記者会見コメントでした。
決してどころか、全く楽観できない相手で、こんなに「パンクラスvs修斗」の対立概念をあおってしまうとリスクというか賭け金がどんどん高まるのだが、ともあれこういう「パンクラスを守る」という言葉がいま、一番似合うのが砂辺光久だということに異論はあるまい。Ismじゃないのに(笑)
表題だが、三国志で言えば蜀は関羽が無念の死を遂げ、張飛もまた部下の裏切りで殺され(※当初、孔明を例に挙げていましたが「孔明の死は趙雲没後」とのコメント欄の指摘で一部文章改訂)、どんどん国の柱が消えていくとき、生き抜いて「最後の防衛線」になったのが趙子龍ではなかったですか。
「パンクラスにおいては、だれが関羽でだれが張飛だったか」の見立てはおのおのに任せるとして、そんな趙雲の姿に砂辺をだぶらせて見る。
今回阿部を退けて戴冠したら、本当に団体の大黒柱だ。負けたら・・・