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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

筑紫哲也 in USA

俺も筑紫ファンだなあ、なんどもこのブログで彼を取り上げているよ(笑)。
年金問題のほとぼり醒ましじゃないだろうが、サミット好きの筑紫さんが海外へお出かけ。ナンシー関の名言「筑紫、現場に弱いのか。」を思い出す。

しかしまあ、タイミングがいいのか悪いのか、ちょうどレーガン大統領の逝去にぶつかってしまい、国中が追悼一色となってしまった。
実をいうと、筑紫氏が故・朝日ジャーナルの編集長だった時代とレーガン時代が大かぶりなんよ。
そしてその時代、まだまだ「進歩的」なる論調が今より比べ物にならないほど強く、レーガン政権はさんざん揶揄、批判の対象だったし、一執筆家としての筑紫もレーガン政権(および日本の中曽根政権)を低評価していた、というか敵視していた。特に批判の対象になったのは、ソビエトを「悪の帝国」と定義した対決姿勢だ。
(註:小生が、朝ジャを読み始めたのは日米の両政権が交代するはざ間のころからで、初期はリアルでは読んでいない。しかし、当時のバックナンバー、単行本化されたもの、他誌の引用批判記事などで大体はつかめる)


しかし、今回筑紫氏は「多事総論」でブッシュ批判の文脈とはいえ「レーガンは一発の銃弾も撃たず冷戦を終わらせた」と評価することになった。
レーガンの政策が、あそこまで東側に痛撃を与え冷戦を終結させたというのは後から見ても驚きであって、後知恵だから筑紫氏には多少同情もするが、しかし本来なら彼のアイデンティティーにも相当の打撃を与えるような話なのである。

そのへんの流れを知っているものから見ると、昨夜の多事総論は「ああ、筑紫の敗北宣言だなあ」と感慨深かったのであるが、もちろん彼は朝日ジャーナルの当時のスタンスなどに触れることはなかったのでありました(笑)