石破首相続投の方法として…「過去の自分の退陣要求は誤りだと撤回する。同じ状況になり、初めて『選挙で負けてもやり続ける、そんな責任がある』と気づいた」と頭を下げれば、どうかね。
これ、この話題の冒頭から言ってたことの、骨子を変えないでのアップデート。
最初はこの記事へのブクマだから…2025/07/21か。
1:資質の問題(今現在、石破でいいか)、2:一般的正統性の問題(憲政の常道的な論)、過去との整合性(例えば安倍第一次政権時の発言と)があり、私見では1,2でなく3が問題か。ただ開き直ればそれまでではある
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.fnn.jp/articles/-/904442
アップデートしたいのは「開き直ればそれまで」というのが、どうもそれまでにはならないというか、やっぱり「3」の部分は相当大きいんだと思うのよ。
特に「正直、公正」とかでキャチフレーズにした以上は。
というかこの点を記者会見などで実際に追及されると、あからさまに事実関係の違う発言、「歴史否認主義」に陥ってるし(笑)
石破首相は、第1次安倍政権時の2007年の参院選で大敗した安倍晋三首相に退陣を迫ったことが知られている。記者から「この時の対応に比べて、今回の判断は甘いのではないか、という見方も出るのではないか」と指摘された石破首相は「一字一句、覚えているわけではないが、あの時に両院議員総会で申し上げたのは、安倍総裁が続投表明をなさった。そうだとするなら、なぜ続投をされるのか、お述べいただき、国民のみなさまのご理解をいただくことが必要だというようなことを申し上げた」と主張
www.nikkansports.com
ん?昨日は国会であったんかい
news.yahoo.co.jp
立憲民主党の渡辺創衆院議員が「石破総理のご自身の発言です」として、参院選から約1年後の2011年7月の衆院予算委員会での石破首相の発言を取り上げた。「(石破首相は)参院選で敗北した民主党の菅直人総理に対し、『政権の是非を国民に問うたのが参院選の意義』『トータルとして政権の是非を問うものだ』と主張された。(敗北の結果)『政権を正せというのが選挙結果であり、選挙をなめないでください。主権者たる国民の選択なんです』と大変強い口調でおっしゃった」と、当時の石破首相の発言をフリップで紹介。「記憶はございますでしょうか」と質問した。石破首相は「国会の質疑に責任を持つのは当然で、記憶をしているのは当然のことです」と述べた上で「この質疑の時、私は自民党の政調会長でしたが、その時その時の発言に責任を持つのは当然。この時のやりとりというのは、YouTubeでも今でも見ることができる。そんなにひまがあるわけではありませんが、この時のやりとりというのは常にリマインドするようにいたしているところです」と応じた。
ただ、「開き直ればそれまで」な点は本質的には変わらない(笑)
つまり「たしかに、今の俺は過去の自分の発言と正反対の態度だ、それの何が悪い!!」じゃなくて「たしかに、今の俺は過去の自分の発言と正反対の態度だ、それは認める!で、過去のそれを撤回するので許して!!」と命乞いをする。

敢えて、そこで泥をかぶる・・・これが、いわゆる日本の”岩盤保守”(岩盤というには、ずれや移動が多いが…だから大地震になるのか(笑))の琴線に触れるんじゃないかな。
これは心理学というか、作劇論、ストーリーテリングの問題です。何が読者に受けるかです。目指せアンケート1位です。
石破茂の戦後談話。というか、どんどん出せばいい。「洪水戦略」ですよ。或いは_______
もう、明日ですけど6日は広島に原爆が落ちた日。
その後も、ぶっちゃけ15日まで事件が起きなかった日はない。
くわしくは「芙蓉録」を見よ。
https://x.com/Fuyo1945
広島式典、長崎式典のあいさつが紋切りにすぎる、みたいな話もよく出てくる話題。これらひとつひとつに、ずっと「自分の言葉」(…は良くない!!有識者、スタッフの知見溜めてる?)、はともかく、どんどん内容を濃く、ニュース性の高いコメントをしていけばいい。さすればトランプのあのズンドコ政策が多すぎてメディアも追及しきれない「洪水戦略」になる。
ぶっちゃけぶらさがりで喋っていけばいいねん。1日4分立ち止まって歴史について語れば…それを15日でも、9月2日でも言えば、一冊の本になるぐらいしゃべれるやろ。
ぶら下がりのコメントは閣議決定要らずだ。
というのがプランAだが、
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プランBもある。逃げ上手の首相。
それは8月15日・・・・・・いっさい、自分の言葉を談話としては出さない。
かわりに「かわいそうなぞう」を、朗読する。最初から、最後まで。
あのひとの、かわりに。
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これはむしろ、思想的には対極に立つ、あの人は出処進退にからんで、そうしたというのがヒントだ。
福田恆存没の1994年に雑誌「正論」で兼子昭一郎が書いた「”現在の名工”福田恆存の孤独」には面白い話が載っている。(略)…前の勤務校、旧掛川中学は野球が強く、甲子園出場という夢の実現がほの見えてきたとき、全校、全町期待の星とされた生徒に零点をつけてしまった。白紙答案を提出されたからである。校長に呼ばれて詰問された。「零点とはどういうことか。出席点というものがあるだろう」
福田は答えた。「それも考えたのですが、授業中にボールをひねくり回しているだけで、まったく教科書を見ていないんです」
この時の校長との意見対立がどのような結末になったか、福田は覚えていないが、その後にもう一度、同じような事件が起きた。藤枝小学校から有能な投手が藤枝中を受験したが、どんなに甘い点をつけても合格ラインに入れられない。しかし野球のために入れなければならない。及落会議で福田は反対意見を述べた。
「この子を入れると、当然受かるはずの最低得点者一人を落とさねばなりません。学業をおろそかにして野球しかしない者を救えとおっしゃるのですか。」これに校長が答えた。
「これは校長の意思である。どうしても君が嫌だというなら、辞めてもらうしかない」
こうして福田は掛中を退職することになった。
おそらく最後の授業の時と思われるが、受け持ちクラスの生徒に「なぜ辞めるのですか」と聞かれ、それには答えず、2、3時間かけて「坊つちやん」を読んで聞かせた。
・・・・・・・・以上、臣謹んで献策す。魔術師級の戦略。
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