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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

私的格闘技インターネット史(番外編)/「ガチ相撲」に出てきた柳龍拳。彼にガチンコで圧勝した格闘家は、塩田剛三にも挑んだが…

視聴率はあまりよろしくなかったといわれる「ガチ相撲」。
それはともかく、ここになんたら合気の使い手で、ちょっと触れただけで弟子を吹っ飛ばす(映像もある!)との触れ込みで参加した年配の小男、柳龍拳がいた。
この人はたしかに、一指も触れずにヴァンダレイ・シウバに勝利した(※うそは言ってない)が、代役の菊田早苗にはあっさり土俵を割った。
実はこの柳氏、自流の宣伝で「ヒクソンにも勝てる」「200戦無敗」と触れて回り、それに対して「ホント? じゃあ実際に闘いましょう」と要求した、総合格闘技をやっている岩倉豪という選手との対戦を了承(なぜだ!)、ふつうに完敗するという騒動で知られていた・・・・ようだ。
たしかに言われればそんな騒動もあったようななかったような…このブログを始めてからの事件の筈だが、どうも記憶にないし、過去にブログでも書いてないなこの話。マイナーちゃマイナーな話だったのだろう(だから本当は「私的格闘技インターネット史」とはちょっと言いがたい(笑))。まだ「格闘技ブーム」が日本ではそれなりに続く、2006年のことだったようだ。
うわ、ひでえ。

なんか、いろんなことをツクって話しているうちに、自分でも信じちゃうってパターンはあるよね。「よいこの黙示録」だ。

よいこの黙示録(1) (イブニングKC)

よいこの黙示録(1) (イブニングKC)

話はこれで終わりにしてもいいのだが…この、神秘の武道家にまつわる伝説をぜんぜん信じることなく、マジに殴り倒してしまった総合格闘家が、若いころにはあの、塩田剛三にもマジに殴りかかっていたというから話は終わらない!!

http://allabout.co.jp/gm/gc/212830/
http://allabout.co.jp/gm/gc/212831/
「柔道、ボクシング、サブミッション・アーツ、果ては塩田剛三先生の合気道セミナーにまで参加してましたよ」と笑いながら、当時の己の“格闘ミーハー”ぶりを語る岩倉。

塩田剛三といえば、超人的な合気道の達人として知られる。(略)その力学的合理性、対人技術としての有効性を疑問視する向きも多い。また門外不出を旨とした技術の解析を拒む気風もあり、合気、古武術に向けられる視線というのは、この稿の柳龍拳のくだりでも書いたとおり、科学的観点からすると非常に冷たいものになってしまう。

しかし、こと塩田剛三個人に関しては不思議と、その批判の舌鋒が弱まる。柳龍拳との対決に手を挙げるぐらいだから、古流武術には批判的かと思われた岩倉当人ですら、実は塩田には全面肯定の立場なのである。

塩田先生は本当に強かったんですよ。古武術というとインチキだというイメージがあるかもしれないですけど、ホンモノと偽物は全然違うんですよ。…(略)…弟子に理屈で言って伝わるような性質のものじゃないから、色々いう人間が出てきてしまうのは仕方がない。僕も最初は“合気道なんぼのもんじゃい”みたいな気持ちで、グローブはめて、完全に殴り込みの気分でやりましたもん(笑)。でも舐めてたら、恐ろしい目に遭わされました
投げられて左肩外されたんですよ。問答無用で殴りかかったんですけど、その突進する勢いを利用されて、一瞬でとばされました。そのまま受け身の取れない角度でおとされたんです。アレは自分の身で確かめましたから言えますね。超能力とかじゃないし、弟子が師匠に遠慮して飛ぶのでもない。本当の技術ですね。たぶん、あのとき僕の首を折ろうと思えば折れたんじゃないですか?

“まったくオカルト的な仕掛けはなかった”というが、このとき岩倉は確実に塩田の魔術に翻弄されていたと言えるだろう。」

もしこれが「ただの人」だったら、「ああ、そういう塩田伝説は500回聞いたなーー」で終わるんだが、そこに「彼は神秘の武術家をまったく信じず、実際に対戦してボコッた人です。その彼が塩田は本物だと言っている」という付加価値がつくと、ぐーんと貴重な証言となる。
まったく面白いものだ。
もっとも、多くの宗教論争でも、B教の信者がA教には徹底的に合理的論争を挑んで論破した上で、「A教を論破した彼が認めるB教!」で売り出すという例はまま見られる(ただ単に、その合理的論考をB教にはやってないダブスタなだけだが・・・)。しかし、上の合気については、塩田を持ち上げる直接的なメリットもないから、たぶんそれは無いだろう。
 
実証の光を当てていったつもりでも、やはり神秘とは二重三重に底が深いものだ。

ちなみに上の文章の聞き手・書き手は井田英登氏。2006年は、そんな時代であった。